弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2023年12月24日

ヒトラーの馬を奪還せよ

ドイツ


(霧山昴)
著者 アルテュール・ブラント 、 出版 筑摩書房

 タイトルだけを見ると、ナチス残党を舞台とする小説としか思えません。ところが、実話だというのに驚かされます。
 悪魔のような、というよりこの世の悪魔そのものであるアドルフ・ヒトラーは1945年4月、迫り来るソ連赤軍の大軍を前にしてベルリンにある総統地下壕に立てこもっていて、ついに結婚式をあげたばかりのエヴァ・ブラウンと青酸カリを飲んで心中してしまいます。その遺体は地上に運び出されて、ガソリンをかけて焼却されました。ソ連のスターリンはヒトラーの自殺をなかなか信じなかったようですが、ヒトラーの遺体だったことは科学的に証明されています。
 そこで、この本のテーマはヒトラーたちナチスの高官が収集していた美術品の行方です。ナチスの高官たちは敗戦直前に、それぞれ財宝を隠して逃亡していきました。その逃亡にバチカンの一部が手を貸したようです。そして、南米に逃れたナチス残党も少なからずいました。その一人がアイヒマンです。
 人間は国外へ逃亡したとして、財宝はどこに消えたのか...。
 スイスの湖にナチスの財宝が決められたとして、その引き揚げに熱中した人も少なくないようです。この本の対象となっているのは、ナチスの総統官邸にあった2頭の馬です。彫像といっても小さいものではなく、巨大なものです。そんな大きなものが、激しいベルリン攻防戦の中、無傷で残っていて、どこかに隠されているなんて、信じられません。ところが、そんなことが現実にあったようなんです。
 スターリンは、「戦利品旅団」なるものを設立して、前線で価値あるものをどんどん奪ってソ連本国に持ってくるよう命令していた、というのです。たしかに、スターリンなら、ありうる命令です。そして、その命令に従うふりをして、実は自分の私腹を肥やしていた赤軍将校もいたというのです。なるほど、これまた、ありうる話です。どこの世界でも、バカ正直な人ばかりとは限りませんからね...。
 ナチスはユダヤ人から無償で取りあげた財宝を私物化したが、その分配をめぐっては醜い争いが多々あった。
 今では、このヒトラーの総統官邸に置かれていた2頭の「馬」は、ベルリンのツィタデレ美術館で公開されているそうです。まさしく、事実は小説より奇なりです。その発見に至る過程がミステリー小説のようにして展開していきます。
(2023年7月刊。2400円+税)

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