弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2023年12月19日

三人の女(上)

朝鮮・韓国


(霧山昴)
著者 チョ・ソニ 、 出版 アジュマブックス

 夏の陽差しを受け、小川に足を浸しながら笑顔で会話している三人の若い女性胃の写真に始まる小説です。
 小川にアーチ型の石製の橋がかかっています。三人の女性はみな、膝下まである白い服を、チマ・チョゴリを着ています。三人とも素足で川の水に入っていて、二人は岸辺の岩に腰かけていて、一人だけ立っています。長い髪の女性ばかりの時代に、みな短髪。三人の若い女性たちは、いったい何を話しているのでしょうか・・・。
 日本の植民地だった朝鮮で雑誌『新女性』を編集長として発行していた許貞淑、そして朱世竹、高明子。この三人は、いずれも共産主義運動に人生をかけ、欧米にも足をのばして朝鮮で激動の時代を生きた。
 許貞淑は京城の人権弁護士として高名な許憲(ホ・ホン)の娘。朱世竹は、没落した両班(ヤンバン)家に生まれ育った。留学先の上海で有名な革命家である朴憲永と結婚した。朴憲永は韓国で活躍したあと北朝鮮に行き、朝鮮戦争のあと金日成によって粛清された。高明子(ミョンジャ)は、大地主の娘。
 日本の植民地時代、朝鮮人は徹底して抑圧されていました。そのなかでの共産主義者たちの活動を描いた本ですので、1980年代までの韓国ではこんな本が出版されるなど、考えられもしませんでした。軍事政権は出版と表現の自由を抑圧していたからです。2017年にようやく本書を出版することができました。
 朝鮮半島で活動していた共産主義を信奉する人たちは、激しい派閥争いをしていて、お互いに暴力班(チーム)までつくって流血の争いも辞さなかった。
 1925年4月17日、京城にある清料理店で朝鮮共産党の結成式が敢行された。ついに朝鮮にも共産党が誕生したのだ。
 日本人は、協力することを知らず、派閥争いをするのが朝鮮人の民族性だとあざ笑った。しかし、それは日本人だって同じこと。日本人も協力することを知らず、派閥争いをしているということ。
 朝鮮共産党事件の公判は、1927年9月13日だった。このとき、被告人らの弁護を買って出たうちの三人は許憲、金炳魯そして秀任がふくまれている。日本からも古谷貞雄弁護士が派遣されてきた。同じく自由法曹団の弁護士が法廷に立って議論した。
 刑務所における独房というものは、便所で食べて寝てるようなもの。
 コミンテルンは1933年に朝鮮共産党の創立、そして再建運動から手を引いた。このころスターリンによる粛清が最高潮であり、「反革命分子」の公開銃殺が連日敢行されていた。1938年10月、中国で朝鮮義勇隊が結成された。
はてさて、三人の女性たちは苦難の活動をどうやって続けていくことになるのか、下巻が楽しみです。
(2023年8月刊。2640円+税)

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