弁護士会の読書
※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。
2023年12月17日
江戸のフリーランス図鑑
日本史(江戸)
(霧山昴)
著者 飯田 泰子 、 出版 芙蓉書房出版
弁護士になってしばらくのあいだは、江戸時代って天下奉平、つまり変化がなく安定していて、人々は封建時代のしがらみにとらわれ、暗黒の時代に生きていたと考えていました。今では、その考えを根本的に改めています。
江戸っ子はお金を貯めず(貯められず)、その日のうちに稼いだものを使い切ってしまう。明日は明日の風が吹くとばかり、気ままに生きていた人が少なくなかったのです。
私の固定概念を最終的に見事に粉々に砕いたのは『世事見聞録』という江戸の浪人が匿名で書いた本です。復刻版が出ていて、すぐ手に入りますから、未読の方には一読されることを強くおすすめします。ネットで検索してみて下さい。
この本の延長線上にあるのが、戦前、熊本の農村(須恵村。今の球磨郡あさぎり町)に1年間、アメリカ人の若き人類学者夫婦が住み込んで(日本語が出来ますので通訳不要です)聞き取り調査をした結果をまとめた本『須恵村の女たち』(御茶の水書房)です。私は、この2冊を読まないで日本人論、とりわけ日本女性論を語るのは間違ってしまうと確信しています。
この本に戻ります。この本のすばらしいところは、たくさんの働く人々が、写実的な絵と一緒に紹介されていることです。
天秤(てんびん)棒の前後に荷を振り分けて、担いで打つのが棒手振(ぼてふ)り。「一心太助」の姿が絵描かれています。
江戸の魚市場は関東大震災のあと築地(つきじ)に移るまでに300年のあいだ、日本橋にありました。発祥は日本橋の北側で、南側に木材木町新魚市場が登場した。野菜を籠(かご)に入れて売り歩いた小商人を江戸では前栽(ぜんさい)売りと呼び、京坂では八百屋と呼んだ。
松茸(マツタケ)は、京坂では秋冬には当たり前のごちそうだった。砂糖は、江戸時代には薬屋の高い品目で、庶民の料理にはまず使われなかった。醤油が普及したのは江戸期から。
おかずは、江戸では惣菜(そうざい)といい、京坂では番菜(ばんさい)と呼んだ。「おばんさい」は、ここから来てるんですね。
ウナギの蒲焼(かばやき)は、江戸では200文、京坂では銀3匁(もんめ)。
鶏卵は高価で、ウナギの蒲焼より値が張った。ゆで卵は、江戸では20文で売られていた。屋台で食べる鮨(スシ)は文化期(1820年前後)にあらわれた。稲荷寿司も同じころの発明品。
江戸でも京坂でも古着屋が大繁盛した。江戸には虫売りの屋台まで出現した。その一番の売り物は蛍(ホタル)だった。螢専門の蛍売りは、自ら螢狩りに出かけていった。
手に取って眺めているだけでも、心が楽しくなってくる本です。
(2023年6月刊。2300円+税)