弁護士会の読書
※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。
2023年12月14日
人道の弁護士・布施辰治を語り継ぐ
司法
(霧山昴)
著者 森 正、黒田 大介 、 出版 旬報社
戦前、人権派弁護士として大活躍した布施辰治弁護士が亡くなって今年(2023)は70年の節目にある。
布施辰治(1880年から1953年)は、日本国内はもとより、日本の植民地だった韓国や台湾においても尊敬されるべき日本人として知られる存在となっている。とありますが、いったい今の若い弁護士そして高校・大学生は布施辰治をどれほど知っているのでしょうか・・・。
布施辰治は宮城県石巻市出身です。私の同期(26期)の庄司捷彦弁護士は、この本の中で何回も言及されていますが、同じ石巻出身ということで、庄司弁護士からよく話を聞かされました。
3.11のとき石巻市は大変な被害にあっています。石巻市を訪問したとき、庄司弁護士の案内で市内の被害状況を視察しました。大川小学校の被災状況を見て、思わず息を呑みました。
布施辰治は、弁護士職を天職と受けとめ、在野精神を堅持し、弁護士資格を剝奪されたり、投獄されても、屈することなく、民衆と政治的少数者の人権擁護に殉じた。
また、布施辰治は、「死刑囚弁護士」と称されるほど数多くの重罪事件に取り組んだ。
2004年、韓国の廬武鉉大統領のとき、布施辰治に勲章が授与された。抑圧・搾取民族の一員が被抑圧異民族の国家から表彰されるのは異例の出来事。これは、とても意義深い、画期的なことだと私も思います。
関東大震災の直後に、罪なき朝鮮人が何千人も虐殺されたとき、それを知った布施辰治は、謝罪文を韓国の新聞に掲載したそうです。すごいことです。
布施辰治は戦前、弁護士資格を剥奪され、投獄されたあと、「聖戦協力」したこともあったようです。生きのびるためには仕方のない状況だったのではないでしょうか・・・。
布施辰治の遺族は、段ボール箱40個分になるほど、布施辰治に関する資料を保存しておいたようです。たいしたものです。本書には、その資料からの発掘も含まれています。
布施辰治は普選運動に取り組み、実現すると、自らも第1回普選(1928年)のときに候補者になった(残念ながら落選)。
布施辰治を知る人の評価に目を見張ります。
「私は発電所を連想する。その顔から、社会活動の発電所のような感じを受ける」
社会変革を目ざして、底辺から支え、もち上げ、押しすすめていくといったイメージですよね、きっと、これは・・・。
布施辰治は社会主義者を自認することがなかった。それは生涯、変わらなかった。
布施辰治は治安維持法違反に問われて起訴され、有罪判決を受けて千葉刑務所に入獄した。このときの判決文がすごいです。
「多年、人道的戦士として弱者のために奮闘したる貫き、情熱を有する士は、ときに、その危険を冒(おか)し、あるいはこれを顧慮せずして、知らず識らずのうちに、その渦中に投するの例、必ずしも絶無なりというべきにあらず・・・」(1953年、大審院判決)
戦前にも「裁判官の良心」が認められますよね、これって・・・。
辺野古をめぐる裁判で那覇地裁や最高裁裁判官たちの国の言いなりに判決に接すると、まさしく絶望しかありません・・・。でも、絶望して何もしないというわけにはいきません。
布施辰治について書かれた本を、まだまだ読んでいないというものが何冊もあるようです。大変刺激を受けました。
(2023年12月刊。1800円+税)