弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2023年11月 8日

少女ダダの日記

ヨーロッパ


(霧山昴)
著者 ヴァンダ・プシヴィルスカ 、 出版 角川新書

 1944年9月、ポーランドで起きたワルシャワ蜂起のなかでナチス・ドイツ軍の砲弾に傷つき死亡した14歳の少女の日記です。ユダヤ人ではありませんが、同時代のオランダで隠れ住んでいたアンネ・フランクの日記を思い出せるものがありました。
 ダダが日記を書くのは、ものを書くのが好きだから。
 姉は、夢なんかみないほうがいい、よけいな幻滅をあじわうばかりだからだという。しかし、ダダは違った。夢はみなければいけない。「なにか」が思いどおりにならないとしたら、夢のうち、夢のうちだけなりと、せめて、その望みがかなうといいから...。そうなんですよね。苦しい現実の中にあっても、夢をみて、希望を失わないことって、本当に大切なことだと思います。私も、毎晩のように夢をみています。なかには心がじわっと温まる夢もあるのです。
 夢みることのできる者は、さいわいだ。幸福は誰にとっても同じものなどではない。お金があれば幸福だという者もあるだろうし、自分が美しいというので幸福に感じている者もあるだろう。しかし、ダダはこんなものはすべて幸福なんかではないと考える。幸福とは何か、もっと別のもの。もっと大きなもの、美しいもの、もっとありがたいものなのだ。
 ユダヤ人が目の前で殺されている。なんのため、なんのために、ユダヤ人はこんな目にあわなければならないのだろうか。ユダヤ人であって、ほかの民族ではないという、そのためなのだ。ただそれだけ。それだけのために、こんなにも苦しめられていいものだろうか。こんな野蛮なことがあってもいいものだろうか...。涙は乾いて消えて...、それっきり、もう二度と戻ってはこない。
 人間が同じ人間の首を吊るというようなことが、こうしてまるで日常茶飯事のように、平気でおこなわれている。むごい、ひどい、恐ろしいこと。こんな地獄に終わりが来るなどとは、とても信じられない気がする。早く終わってくれればいいと私だって思っている。それなのに、ときには、戦争が終わるなんて決してないという気がしてしまう...。
わたしたち若者、若者こそ祖国ポーランドを盛り立てる礎(いしずえ)なのだ。だからこそ、私たち若者は理想を持たなければいけない。けれど、実際には...。
 戦争は世界を破滅させる。人間を滅ぼし、殺してしまう。恐怖をいっぱいにまき散らし、生活という生活、喜びという喜びの息の根を止めてしまう。
ドイツ人ほど恐ろしい国民はいない。でも、この恐ろしい凌辱に対して、私たちは報復しなければならないのだろうか。復讐はぜひとも必要なのだろうか...。
 たとえ悲しみのどん底にいても、喜びと笑いは決して失ってはならない。人は生きるために、最後のさいごまで、不幸や災厄とたたかうように出来ている。
ダダは、ナチス・ドイツ軍の砲弾の破片にあたって重傷を負ったとき、出血多量で亡くなる前、父親にこう言った。
 「おとうさん、もう逃げなくたっていいじゃない」
 泣けてきましたね。これって、まだ14歳の少女の言葉なんですよ。
 ワルシャワ蜂起で立ち上がったのはポーランド軍。イギリスは上空から飛行機で支援物質を投下しましたが、まったく足りません。すぐ近くまで来ていたソ連軍は補給待ちと称して市内でのナチス・ドイツ軍との戦闘には参入せず、ポーランド軍を見殺しにしてしまいました。どうやらスターリンが指示したようです。
 ワルシャワ蜂起の悲劇的な結末は知っていましたが、こんな少女の日記があったことを初めて知りました。
(2023年4月刊。960円+税)

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