弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2023年11月 6日

歌うカタツムリ

生物


(霧山昴)
著者 千葉 聡 、 出版 岩波現代文庫

 ええっ、カタツムリが歌うの...、それって本当なの...。
 ハワイに古くから住む住民は森の中から聞こえてくる音をカタツムリたちのささやき声だと考えていた。そして、19世紀の宣教師もたしかにハワイマイマイのさざめき音を聞いたと証言した。でも、今、ハワイのカタツムリは姿を消してしまった。
ナメクジはカタツムリとともに陸貝のメンバー。殻のないカタツムリがナメクジの仲間だ。
 先日、久しぶりに台所の床にナメクジが出てきました。いったいどこから這い出してくるのか不思議でなりません。その後、床どころか、朝、ミキサーを使おうとしたら、フチにナメクジがいました。危く、ナメクジ入りのジュースを飲むところでした。くわばら、くわばら...。
 カタツムリは、海に棲んでいた祖先が得た性質に、ずっと生き方をしばられてきた。カタツムリの生き方は殻を背負うことに制約される。ところが、その制約のため、環境への適応や捕食者との戦いの中で、多彩な殻の使い方、形、そして生き方の戦略が生み出される。制約のためにトレードオフがあらわれ、それが偶然を介して創造と多様性を生む。
小笠原諸島で見つけたニュウドウカタマイマイは直径8センチをこえ、日本の在来のカタツムリのなかでは最大。この巨大種は2万5千年前に突然出現し、1万年前に忽然(こつぜん)と姿を消した。
 現生のカタマイマイは、直径3センチほどで、その特徴は非常に殻が硬いこと。カタマイマイ属は飼育が難しい。そしてマイマイ属は、別の種に対して攻撃的に干渉する。
 カタマイマイ属の由来は、日本本土にあった。日本南部だ。まず父島で4つの生態系に分かれ、そのうちの一つの系統が聟(むこ)島に渡って、そこで2つの生態系に分かれた。もう一つの系統が母島に渡って、そこで再び4つの生態系に分かれた。母島では47の生態系の分化が、少なくとも3回、違う系統で独立に起こった。
 一つの系統が生活様式など、生態の異なる多くの種に分化することを適応放散という。カタマイマイ属の適応放散は、まったく同じ分化のパターンを何度も繰り返す点で、非常にユニーク。このような多様化を「反復適応放散」と呼ぶ。
 カタツムリは適応放散するばかりではない。非適応放散もある。では、いったいどのような条件で、それらが起きるのか、それが現在も研究課題となっている。
 琉球列島と小笠原諸島は、同じような気候条件にもかかわらず、生態系がまったく対照的な世界である。
 ニッポンマイマイ属の左巻きと右巻きの集団の分布は、カタツムリを食べるイワサキセダカヘビに対する適応によって生じた。このヘビは右巻きの貝を食べることに特化して、頭部が非対称になっているため、左巻きの貝をうまく捕食することができない。そこで、このヘビの生息地では、左巻きのタイプは捕食されないので、有利になる。すると、左巻き個体が増え、集団が確立して交尾できない右巻きの集団との間に種分化が成立する。いやはや、こんなところまで学者は注目して、研究するのですね...。
カタツムリを食べるカタツムリがいる。ヤマトタチオビだ。これは農業害虫のアフリカマイマイを駆除するため、アメリカはフロリダ州から持ち込まれた。ところが、現実には、アメリカマイマイの減少より早く、固有のポリネシアマイマイ類が全滅してしまった。
 著者も小笠原諸島で、カタツムリの歌を聞いたとのこと。足の踏み場もないほど地上にあふれ出した、おびただしいカタツムリたちの群れが、互いに貝殻をぶつけあい、求愛し、硬い葉をむさぼる音だった。つまり、よくよく耳を澄ますと、これこそカタツムリの歌だって聞こえてくるというのです。
 生物学の奥底は闇に近いほど深く深いもののようです。秋の夜長に、いい本を読むことができました。
(2023年7月刊。1130円+税)

  • URL

カテゴリー

Backnumber

最近のエントリー