弁護士会の読書
※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。
2023年10月29日
賢治と「星」を見る
宇宙
(霧山昴)
著者 渡部 潤一 、 出版 NHK出版
福島県に生まれ、東大東京天文台で働く高名な天文学者(教授)が、宮沢賢治を語った本です。宮沢賢治が天文学を深く研究していたことを初めて知りました。天文学者の眼から見た宮沢賢治という面白い視点で貫かれている本です。
宮沢賢治の本に登場する数々の星たちや星座に関する記述は、天文学者の目から見ても、かなり正確。賢治の宇宙に関する知識は当時としては、半端なものではなかった。
宮沢賢治は、石集め、植物採集そして化石掘に熱中した。
賢治が中学2年生のとき(1910年)、ハレー彗星が地球に接近してパニックを引き起こした。彗星の尾に含まれる有毒ガスによって地球の生物が全滅するというデマが流布したのです。自転車のチューブがバカ売れしたという話もあります。それで、息継ぎをしてしのぐという馬鹿げた対応策に走った人々がいたのです。
賢治は、東京で「星座早見」を手に入れている。
宮沢賢治の物語の基本パターンは、現実から入り、夢のような体験を得て、ふたたび現実に戻るというもの。
細い月のとき、欠けて暗くなっている部分がほのかに輝いて見えることがある。これは、地球にあたって反射した太陽光が月の暗い部分を照らし出しているもの。「地球照」(アースシャイン)と呼ばれる。賢治は、この言葉を自分の詩に取り入れている。
賢治は「鋼青(こうじょう)」という表現を空について使っている。青みを帯びた鋼色(はがねいろ)という意味。夜明け前の夜空が次第に青みを帯びた昼の色に変化していくときの表現。
「銀のきな粉」でお空がまぶされるというのは、満天の星がまたたいている夜空の様子。
夜明け前には、空気が冷えて露が出てくることがある。そんな夜明け前の露に、月も星も隠されてしまう。
「月は、もう青白い露に隠されてしまって、ぼおっと円(まる)く見えるだけ」
シリウスの輝きについて、賢治は、「青や紫や黄や、うつくしくせわしく、またたきながら...」と表現している。たしかに、明るい星が低空で激しくまたたくとき、しばしば色が瞬間的に見えることがある。七色の輝きが消えたり、見えたりして美しい。
世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない。この宮沢賢治の指摘は、今日、ますます輝いているように思われます。
目先の利益だけを追求して原発(原子力発電所)を再開・新設そして、その使用済の核燃料処理場を受け入れようとするなんて、とんでもない間違いです。自分の国を守るには核兵器を持たなければいけないというのは、核戦争を肯定することです。でも、そんな事態で、人類が生き残れるはずもありません。「核の冬」がたちまち到来し、凍結し、餓死してしまうことでしょう。
この本を読んで初めて賢治が石灰工場に技師として勤めた意味が理解できました。要するに、農地の改良、肥料づくりをしようとしたのですね。農民の生活を向上させるためのものです。
オーストラリアの砂漠地帯では、夜、人口光の影響をまったく受けないので、月の光さえなければ、天の川の明るさで、自分の影ができるほどだというのに驚きました。
そして、タイタニック号の沈没(1912年4月)というのを、賢治は同時代の人間として受け止めているのです。
宮沢賢治は1933(昭和8)年9月21日、39歳で亡くなりました。結核、そして急性肺炎によるもののようです。
賢治を通して宇宙のことを知った気分になった本です。
(2023年9月刊。1650円+税)