弁護士会の読書
※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。
2023年10月28日
北岳・山小屋物語
社会
(霧山昴)
著者 樋口 明雄 、 出版 ヤマケイ文庫
残念なことに私は本格的な登山をしたことがありません。日本アルプスを縦走したという話を聞くと、大変だったろうなと同情をこめて感嘆の声をあげるばかりです。
本州の山と言えば、奥鬼怒(きぬ)の三斗小屋温泉に登り、そこで4泊5日、煙草屋旅館で合宿したことは今も忘れることができません。私の大学生活の最大のハイライトです。そして翌年の6月に尾瀬沼を歩きました。それ以来、尾瀬沼に行ったことはありません。最近、三斗小屋温泉から登山した人(60代)が強風のため低体温症になって死亡したというニュースに接しました。山は怖いですよね。
九州では、阿蘇を縦走しましたが、完走したのかは定かではありません。
南アルプスの北岳(きただけ)には、いくつも山小屋があるようです。著者はそれらの山小屋の管理人を訪ね、山小屋事情を明らかにしています。
まずは、白根御池(しらねおいけ)小屋です。管理人は吾妻潤一郎。この山小屋がオープンしているのは、6月から11月まで。山小屋で働くアルバイトの確保が難しくなっている。応募する若者が少ない。面接したとき「通り一遍な答え」しかしない(できない)若者は現場では、まず使えない。
ありふれたフォーマットの言葉でしか自分を表現できない若者は、仕事でもフォーマット通りにしか働かない。つまり、応用が利かない。
応募してくる若者とは電話で話すだけで、その口調と話しぶりで、だいたいのスキルが分かる。多くの若者はプロ意識をもとうとしない。遊び感覚の延長線上にあるから、率先して働いたり、手伝ったりしない。働くことから何かを学んだり、経験として自分の血肉にしようという意識がなく、ただそこで時間を過ごすという意識だけ...。
料理がちゃんと出来る若者は、だいたい何をやらせても上手。他で器用な子も、すぐに料理を覚える。料理は、視覚、嗅覚、味覚、触覚、聴覚という五感のすべてを駆使して行われる。材料を選別し、何をどう組み合わせ、どうやって作るかという想像力を働かせ、さらに包丁を使って切ったり、混ぜあわせたり、こねたりなど、手先と指先の細やかな働きを必要とし、火を使って茹(ゆ)でる、炒(いた)める、そして盛りつけるというプロセスにおいて、脳は休むことなくフル稼働する。
私は残念ながら料理できません。ひたすら食べる側です。
山小屋で働き始めた若者は、最初のころは基本を守るし、行動も慎重なので、あまり失敗ではない。ところが、慣れてきたことにミスが目立つようになる。
予約しているのに来ない客は個人に多い。団体客は旅行会社を通しているから、キャンセルが少ない。
山小屋の仕事でも体力の温存は重要。むやみに夜更かしすると体調を崩して風邪をひいたりする。ひとりでもスタッフが抜けると、山小屋にとっては貴重な力を喪って、痛い。
山小屋のスタッフで一番に起きは午前3時半。朝食の炊飯を担当する人が地下のプロパンを開けて、スイッチを入れる。食堂を開けるのは午前4時半ころ。早寝早起きが登山の基本。お昼の弁当を予約している人は、朝食時にフロントで受け取り、次々に出発していく。午前5時半には客の全員が出発し、山小屋ではスタッフが掃除を始める。
いやはや、すごいんですね...。そして、山小屋の管理人は遭難事故の連絡が入ったら、救助に向かう義務があるのです。これは大変ですよね。
山小屋のスタッフにとって、眠ることも仕事のうち。睡眠不足は自分に不利になるばかり。そして、入浴時間は、きっかり30分。まあ、私も風呂を毎日に欠かせませんが、30分で出ています...。
遭難救出に行くときは最低2名が必要で、できたらもう1名の連絡係を連れていく。
山では水分補給が足りず、脱水症になる人が多い。体重1キロにつき、1時間で5ミリリットルの水分が必要。体重60キロなら、1時間に300ミリリットルの水分を補給する必要がある。
山小屋のトイレの屎尿(しにょう)はバキュームポンプを差し込んで吸い出し、タンクに密閉してヘリコプターでふもとまで搬送して処理する。うむむ、これは大変な仕事ですね...。
山梨県警の管内では、2022年の1年間に遭難事故として155件の発生があり、19人が死亡した。いやあ、これって多いですよね...。
登山客が増えると、いい人もいるけれど、悪い人も目立ってくる。万引きする人だっている。トイレを汚して平気で出発する人もいる。まあ、登山客が全員、善人ということは、やはりありえないことでしょうね。
そして、山小屋は世代交代の時期を迎えている。まあ、そうでしょうね。下界でも、みんな後継者の確保に苦労しているんですからね。
スマホに頼りきりの登山者が、バッテリー切れでスマホが使えなくなって遭難寸前ということも起きているとのこと。スマホに頼れないときのバックアップが山でも必要だということです。
山小屋で働く人々の苦労が少し分かった気がしました。
(2023年8月刊。1210円+税)