弁護士会の読書
※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。
2023年9月28日
岐路に立つ資本主義
社会
(霧山昴)
著者 戸田 志郎 、 自費出版
A4サイズ224頁の堂々たる研究書です。豊富なデータをもとにした解説と論述なので、とても説得力があります。実のところ、A4サイズにぎっしりと字が詰まっていますので、難しければ読むのを途中で止めようと思っていて、ほとんど期待せずに読みはじめたのでした。ところが、どうしてどうして、第1章のアメリカ資本主義の分析から始まるのですが、実に興味深い分析に満ち充ちているのです。
たとえば、オバマ大統領は、目玉政策の国民皆保険制の実現を、アメリカ国際的医薬資本・ビッグファーマ、巨大医療保険、巨大病院チェーンの反対圧力の下で放棄せざるをえなかった。なぜか...。アメリカの医療費の高さは世界的にみて突出している。医薬資本、医療保険、病院チェーンの世界最大規模の政治資本金支出は巨大ITのGAFAを上回っている。
近年、地域医療に貢献してきた総合病院は年間100件のペースで買収され、今や全米各地で巨大資本による買収・統廃合が進み、農村部では次々に病院が消えてなくなり、アメリカの内陸部には「病院砂漠」が広がっている。
こんなことを聞くと、マイケル・ムーア監督の映画『シッコ』を思い出します。アメリカにもメディケアやメディエイドという仕組みはありますが、結局のところお金がない人はあとまわしにされ、「自己責任」と医療保険が大手を振るっています。アメリカでは国民皆保険の実現を唱えるだけで「アカ」(共産党)呼ばわりされるのです。その論法からすると、アメリカ人にとって、イギリスもフランスも「アカ」の国になってしまいます。
アメリカのGDPに占める製造業の割合は1953年の28.1%から、2019年には10.9%にまで低下した。そして、民間就業者のなかの製造業就業者の割合は、1953年に32.1%だったのが、2019年には、わずか8.6%のみになった。
製造業の衰退は不安定雇用の拡大と所得格差の拡大の原因になっている。そんななかでの希望は、アメリカでは労働組合が団結力を復権させつつあること。2021年に200件をこえる労働組合がストライキに突入した。アメリカにおける労組の加入率は11%と戦後最低だけど、労働組合に肯定的なアメリカ国民は68%と、1965年以降では最高水準となった。しかも、10代から20代では78%に達する。
先日、新宿の百貨店(デパート)がストライキに突入しました。日本でストライキがニュースとなって報道されたのは久しぶりのことです。ところがこのストライキに上部団体の「ゼンセン」も連合も、会長をはじめとする執行部は誰も現場に出かけて応援すらしていません。実に情けないことです。こんなことでは労組連合体の存在意義がありませんよね。
次は、ドイツ、日本そしてロシアが分析の対象になっていますが、ここでは先を急いで中国をみてみます。私も中国には何度も行ったことがあります。北京、上海、重慶そして大連などの主要都市を歩くと、とてもここが「共産主義の国」とは思えません。
著者も「そもそも中国は社会主義なのか、資本主義なのか」を考えています。その答えは、「政治は社会主義、所有制度は混合、その特性は資本主義」です。そして、中国の資本主義は「地域分散型複合型資本主義」と呼ぶのがふさわしい。国家の関与が強い混合経済体制であり、国家資本主義と呼ぶにはいろいろな所有形態が併存しているし、大衆資本主義と呼ぶには国有企業の影響力が強すぎる。
中国は2021年の世界GDP比は18%で、アメリカの24%に次ぐ。今や中国は世界最大の輸出国。中国の総人口は2019年に14億人をこえた。やがて2位のインド13億人に抜かれると予測されているようですが...。人口増は、長寿化による。平均寿命は1981年に男66.3歳、女69.3歳だったのが、2015年には男73.5歳、女79.4歳と大きく伸びている。
中国でなぜ共産党の一党支配体制が続いているのか...。
①共産党が膨大な資源を投入して治安維持につとめている。②共産党は人々の不平不満を力で押さえつけたばかりでなく、それ以外にもさまざまな政治的努力を積み重ね、新規エリート層の政治取り込み、一部民衆の利益に配慮した政策形成メカニズムの整備、改善を進めてきた。③支配の安全弁として何より重要な貢献したのは経済の高度成長。④共産党がイデオロギーと連帯について、絶えず見直をし、勤労者の党から全人民の党へ自己変革を遂げてきた。
中国にはシャドーバンキングと呼ばれる金融システムがある。このシャドーバンキングは融資全体の3割近くを占めている。15兆元から20兆元という巨大な金融システム。
中国では、スマホの普及により、QRコードの決済が主力商品となっている。ユーザー数は10億人、稼働ユーザーは7億人をこえている。2020年6月までの1年間の決済全額は、実に118兆元になる。中国では、今やちょっとした買物までスマホ、QRコードによるようですね...。
中国の国有企業はピーク時には11万社あったが、今は2000社を切るまでに激減した。
中国では、都市住民と農村住民は戸籍が異なっている。この農村戸籍と非農業戸籍を廃止して統一するという計画が進行中。そして中国人は国による社会保障を受け入れ、96.3%が加入している。
ここでは、ドイツ・ロシアそして日本の分析は割愛します。この内容をもっと一般向けにイラストを入れたり、かみくだいて読みやすくしたら、それなりに売れる本になると思います。
著者は国民金融公庫で長くつとめていましたので、企業経営分析を得意とされたと推察します。贈呈していただき本当にありがとうございました。
(2023年6月刊。非売品)