弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2023年9月26日

灰色の地平線のかなたに

ヨーロッパ


(霧山昴)
著者 ルータ・セペティク 、 出版 岩波書店

 バルト三国の一つ、リトアニアの15歳の少女がスターリンのソ連によって母国を追い出され、シベリアまで追いやられて辛じて生きのびたという実話にもとづくストーリーです。
リトアニアと日本の結びつきですぐに思い出されるのは、1940年、リトアニアの首都カウナスにいた日本人外交官・杉原千畝(ちうね)がナチスドイツのユダヤ人迫害の前に、6千人ものユダヤ系難民に対して、日本を通過するためのビザを発給し、アメリカなどへの亡命を助けたことです。スターリンは、ヒットラーと手を結んで、このバルト三国をソ連の領土とし、そこの知識人たちを邪魔者扱いにしてシベリアに追放したのでした。
 ソ連の秘密警察NKVDが突然、リストにあがった知識人の家に乗り込み、20分の猶予で有無を言わさず連行していきます。行先は告げられません。入れられたのは貨車、家畜運搬用です。1両に何十人も詰め込まれ、トイレは床にあいた穴を利用するしかありません。水と食料も満足には与えられません。途中で死んでくれたら、手間が省けてちょうど良いとNKVDは考えている様子。著者は母と姉の三人、いつも一緒に行動することにします。貨車には、外から「泥棒と娼婦」とペンキで表示されていることを知らされます。
列車は、ついにシベリアにたどり着き、そこの収容所での生活が始まります。
 NKVDは、著者たちに署名を迫ります。ソ連に対する国家反逆罪で有罪であることを認めること、犯罪者として25年の刑に服することです。
 とても認めるわけにはいきません。でも、認める人がついに続出します。どうしたらいいのでしょうか...。
リトアニアの人々がシベリアへ大規模な追放されたのは、1941年6月14日に始まった。追放されたリトアニア人は、10年から15年という年月をシベリアで過ごした。1953年にスターリンが死亡すると、ソ連の政策が変わり、シベリアで生きのびていたリトアニア人の1956年までに解放され、故郷に戻ることができました。
 しかし、故郷のリトアニアにはソ連の人々が勝手に占有していたのです。そして、不平不満を口にしようものなら、NKVDの後身であるKGBによって逮捕・投獄されかねません。だから、人々はシベリアでの体験を表向きに語ることは許されなかったのです。
バルト三国は、このソ連支配の時代に人口の3分の1以上を喪ってしまいました。
 この本は、いろんな人の実体験を総合した創作ですが、最後に登場するサチデュロフ医師は実在した医師とのこと。この医師が北極圏の収容所を訪れ、壊血病などで生命の危機に頻していた多くの人々をギリギリのところで救ってくれたのです。
お盆休みに400頁ほどの大作を必死の思いで読みすすめました。ヒットラーのナチスも絶対に許せませんが、スターリンの悪虐さもヒットラーに匹敵するものがあると実感させられました。いずれも、同時代の人々は強力なプロパガンダによって、この二人の「悪魔」を救世主であるかのように「敬愛」していたのです。まことに宣伝の力は恐ろしいです。
 アメリカのトランプ前大統領が自分本位の政治をして、一般国民に対して、いかにひどいことをしたか、客観的に明らかだと思うのですが、トランプ支援層には、まったく目に入らないそうです。同じことは、日本でも、自民・公明の大軍拡政治に「仕方ない」と多くの国民が思わされている現実があります。真実を見抜く目をもちたいものです。
(2012年1月刊。2100円+税)

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