弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2023年8月30日

戦争法制を許さない北の声

社会


(霧山昴)
著者 髙崎 暢 、 出版 寿郎社

 安保法制の違憲性を司法の場で明らかにしようとした北海道訴訟の記録集です。本文2段組で、なんと790頁もあります。思わず、昼寝用の枕にちょうど良いと皮肉られた井上ひさしの『吉里吉里人』を調べてみました。それは843頁ですから、さすがに上には上があるものです。それでも、2段組の本書のほうが、勝っているんじゃないかと思い、念のために再度『吉里吉里人』を見てみると、なんとなんと、こちらも2段組だったのです。さすがに井上ひさし大先生にかなうものはいないということです。
 盆休みも終えて、少し暇なところに届きましたので、暇にあわせて、午後から読みはじめました。というのも、同期の岩本勝彦弁護士より、書評を書いて紹介せよという指示が添えられていたのです。この指示に背くわけにはいきません。他の仕事そっちのけで、自宅に持ち帰って、夜までかかって、その日のうちに読了しました。私の取り柄は、なんといっても速読なのです。
この北海道訴訟は一審・二審と敗訴して、上告は断念しています。一審(岡山忠広裁判長)は証人調べも一切やっていません。原告弁護団が忌避申立したのも当然です。でも、控訴審(長谷川恭弘裁判長)も、結局は、一審判決を是認し、控訴棄却としました。
田中健太郎弁護士は、「憲法は多数決民主主義の欠陥を裁判所の違憲立法審査制度で正し、個人の人権を保障したり平和と人権の体系である憲法秩序を維持させようとしているのに、裁判官たちは職責を果たそうとせず逃げ回った」と、厳しく弾劾しています。
一審判決は、「現時点においても、戦争やテロリズムによる原告らの生命・身体及び財産等の侵害の危険が切迫し、現実のものとなったとはいえない」「恐怖や不安を抱いたとしても、それは漠然かつ抽象的な不安感にとどまるものと言わざるを得ず、原告らの人格権ないし法律上保護される利益が侵害されたということはできない」「原告らの抱く不安や恐怖は、同時点においては未だ抽象的な不安の域を出ないというものである」と判示したのです。この裁判官たちは、あのJアラートの切迫感あふれる「警告」をまったく聞いていないようです。
そして、二審判決においても「平和的生存権が憲法によって保護された身体的権利であるとはいえない」として、原告団の主張を排斥するだけでした。
そこで、次に、原告となった人たちの主張を紹介します。
この本で圧巻なのは132人の思いが込められた陳述書です。
戦争体験のない人がほとんどですが、それでも身内に戦死者がいるというのは珍しくありません。しかも、それは戦死というより餓死であったり、輸送船が撃沈されて亡くなったりというものです。むしろ戦場で敵の弾丸によって戦死したというのは少ないのではないでしょうか。さらに、私も記憶がありますが、戦後まもなくは、駅頭に白装束の男性が何人か立っていて通行人にカンパを訴える光景をよく見かけました。傷痍(しょうい)軍人です。戦場で負傷した人たちの生活が守られていなかったのです。
ある人が、こう書いています。「戦争はいったん始まってしまうと、誰も責任を取ることなく、無責任に遂行されることは歴史が証明している」。ロシアのウクライナ侵略戦争がまさに、これを証明しています。戦争にならないように懸命に努力するしかないのです。
北朝鮮がロケットを飛ばすと、日本ではJアラートが発令されて、大々的に警戒発令となりますが、韓国では何事もなくフツーの日常生活です。日本政府は日本国民を恐怖で脅しているのです。
北海道では、毎年500人以上の高校生が卒業後自衛官になります。そのとき、他国の若者と武器を持って殺し合うことなど、考えにありません。せいぜい、災害救助のときの活躍のイメージでしょう。
現職の自衛官を息子にもちながら反戦・平和を叫び続けている平和子さん(仮名)は、ついに自衛官の息子に絶縁状を書き、息子との連絡は絶ってしまいました。息子には妻子がいて、生活を考えると、自衛隊を退職するのは容易なことではないと考えています。
それでも、平和子さんにとって、息子の命が奪われることは、自分の身が引き裂かれるのと同じ。そして、平和子さんは、自分の息子さえ無事であればいいとは考えていません。息子の無事のためだけでなく、それ以降の世代のためにも、まだ見ぬ子どもや孫のためにも、安保法制の違憲を命ある限り訴え続けたいと結んでいます。
かの有名な恵庭(えにわ)事件の元被告だった野崎健美さんも原告の一人です。野崎さんは昭和10(1935)年生まれで、日本敗戦時は国民学校5年生。両親の営む野崎牧場は自衛隊の演習場に隣接していて、ジェット機の轟音、そして大砲の射撃訓練によって、乳牛の育成に多大の困難・支障が生じました。それで、抗議するため、自衛隊の連絡用通信線を切断したのです。被害額は、せいぜい数百円。そして、器物損壊罪で始まった取り調べは、起訴されたときには自衛隊法121条違反となっていたのです。それで、たちまち全国480人の弁護士が応援する大裁判になりました。野崎さんは大いに勉強し、裁判のなかでは、基地公害と自衛隊の反国民性に焦点をあてて主張しました。
自衛隊トップの栗栖統幕議長が、自衛隊とは何を端的に言ったのは、このころのこと。「自衛隊は国民を守るためにあるのではない。天皇を中心とする団体を守るためにある。国民は勘違いしている」
この裁判で、裁判官は、法廷で検察官に対して論告・求刑を禁止したというのです。信じられません。「ただし、自衛隊の合憲性についての論告は許可します」。
この裁判では、自衛隊と自衛隊法が合憲かどうかだけが争点になったのです。ところが、裁判官は肩すかしの「無罪判決」。この無罪判決を聞いた検察官は怒ったり、落胆するどころか、「良かった、良かった」と肩をたたきあって喜んだのでした。もちろん、検察官は控訴せず、確定。被告人も無罪判決ですから、控訴できません。
野崎さんは言います。「平和を生きる権利」を守るためには、不断の努力が必要で、憲法はその武器になる。本当に、そのとおりだと思います。流されてはいけません。そして、小さくても、そこで声を上げる必要があります。
アジア・太平洋戦争に召集され、戦後に駆り出された兵士たちは「お国のために」命を捧げたはずですが、実のところ、日本が仕掛けた大義のない侵略的戦争だったわけですから、「国家に殺された」のです。そんなことを繰り返すわけにはいきません。
原告弁護団の共同代表である藤本明、高崎暢の両弁護士は、私も以前からよく知っていますが、実働の常任弁護士は、10人ほどで、良く言えば「少数精鋭」だったとのこと。大変だったと思います。そう言えば、福岡もほとんど同じです(私は法廷に参加するだけで、実働はしていません)。
一審裁判のとき、岡山忠広裁判長が、まさかの証人申請却下・終審を宣告したとき、高崎暢弁護士は、すぐ「忌避します」と言った。そうなんです。裁判官の不当な訴訟指揮には勇気をもって忌避申立すべきです。私の自慢は、弁護士2年目のとき、一般民事裁判で裁判官に対して忌避申立したことです。代理人は私ひとりで、とっさに申立しました。何の事前準備もありません。事務所に戻って報告すると、先輩弁護士たちから、「勇気あるね」と皮肉なのか、励ましなのか分からないコメントをもらいました。今でも、私は、このとき、「忌避します」と言ったことを、ひそかに誇りに思っています。たとえ弁護士2年目でも、おかしいと思ったらおかしいと言うのは正しいのです。もちろん、忌避申立すると、少しばかり(2~3ヶ月)、裁判が遅くなります。でも、それは明渡を求められる被告事件なので、訴訟遅延は喜ばれるだけということは私にも分かっていました。
本論に戻って、北海道裁判の原告と弁護団は、「断腸の思い」で、上告を断念しました。その残念な思いが、この部厚い記録集に結実したわけです。本当にお疲れさまでした。髙崎暢弁護士より贈呈していただきました。ありがとうございます。
                           (2023年7月刊。4500円+税)

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