弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2023年5月 2日

「父・坂井孟一郎」

社会


(霧山昴)
著者 嶋 賢治 、 自費出版

 今は長崎市の一部になってしまった香焼(こうやぎ)町で、「憲法町長」というネーミングをもつ革新町長を永くつとめた人の息子(娘の夫)が紹介した冊子があるというのを知り、取り寄せて読みました。
 坂井孟(たけ)一郎は、明治43(1910)年6月生まれで、戦前、治安維持法違反で検挙された。日本大学予科をストライキ指導で退学させられ、満州に渡った。このとき、香焼村の村長をしていた父親が政治力を発揮して起訴留得にしたうえで満州で逃がした。
満州では4人の子(全員が男の子)を日本敗戦の前後に次々に亡くした。そして、日本に引き揚げたあと、36歳のとき(1947年4月)香焼村長に当選した。
村長として、戦後の農地解放の波に乗って、川南造船所から進航軍(マッカーサー)の指示より4倍もの土地を農民のものとした。
 ところが、昭和天皇の長崎行事に階し、村長として県下ただ一人お迎えに行かなかったことからリコール運動が起きた。そのとき、父のすすめもあって、小学校建設とひきかえに村長を辞任した。
昭和30年、香焼村の財政が破綻したことから村民に呼び戻されて村長に立候補して当選。川南造船所が破産間近と知って、財産差押を断行して村財政の再建に貢献する。水道施設を村有として上水道を創設し、中学校の校舎を建設した。
その後も、香焼町長として活躍。町村で初めての下水道100%計画、図書館、ごみの毎日収集などを実現。昭和62(1987)年4月末に町長を退任するまで革新自治体の長として活躍した。
1985(昭和60)年の町長の施政方針演説の一部を紹介する。
 「核兵器の保有において世界の第一、第二という保有国の一方とだけ同盟を結んで対処していこうとするのが今の日本政府の方針。アメリカという国は、核兵器の廃絶、使用禁止とかに国連で賛成したことはない。
 日本が核保有国の一方と同盟を結ぶというのは日本民族の将来の厄災につながりかねない。そういう危険な方向は廃すべきだ」
 これが田舎の町議会での町長の演説だなんて、信じられませんよね。今の岸田首相にしっかり聞かせたいものです。野党多数の町議会だったので、坂井孟一郎の生涯はケンカの一生だった。それでも本人は「どうもケンカを途中でやめられないタチらしくて...」とウソぶいて、貫き通したのです。偉いものです。
 通算10期35年ものあいだ、村長そして町長として「憲法をくらしの中にいかそう」という大看板を町役場にかかげていたのです。涙が出るほど元気の出る、うれしい話です。
 わずか70頁の冊子ですが、こんな首長の登場を今ふたたび待望したいものだと思い、勇気づけられました。この冊子を刊行された(株)嶋会計センターに感謝します。
(2022年9月刊。非売品)

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