弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2023年5月 1日

続々・千曲川の岸辺

司法


(霧山昴)
著者 伊藤 眞 、 出版 有斐閣

 民事訴訟法学者として高名な著者は、私にとっては破産法の学者として関わりがありました。著者が名古屋大学の教授のころです。なので、同じく破産法の学者として走り出し中の宮川知法教授の業続を偲ぶ論述に触れてなつかしさがこみあげてきました。といっても、私は宮川教授ご本人とは直接の面識がありません。それでも、熊本大学にいた宮川教授の論稿は、当時の私にとって実に援軍来たるという思いがしていました。というのも、当時、クレジット・サラ金問題対策に取り組む弁護士の多数派は多重債務の原因は生活苦なのだから、一刻も早く破産・免責して苦悩から解放してやるべきだという大合唱だったのです。いやいや、多重債務の原因は「生活苦」だけではなく、ギャンブルも浪費も相当あるし、免責が早ければいいなんていうことではないと主張し、対抗していたからです。宮川教授は、私の意見にストレートに賛成していたということではありませんが、債務者更生手続を新設する必要があるという点では一致していました。これに対して、「多数派」はそんなことは必要ないと切り捨てるばかりでした(と思います)。私は、そんな「多数派」に対して、そんなのは「一丁あがり方式」だと反発していました。すると、自ら「一丁あがり方式」を実践していた弁護士から、「反省した」という声もいくらか聞こえてきましたが、多くは感情的な反発を受けました。そんなわけで「クレサラ対協」のなかで、私は一貫して「少数・強力派」にとどまったのです。それでも実践と豊富なデータ分析に裏づけられた私の主張を、「多数派」といえども無視することはできませんでした。
 著者に対して、私は自費出版した冊子をふくめて、何冊もの本を送り届けましたが、その都度、必ず自筆のお礼状が届いて恐縮しました。この本には、その点について、次のように記述されています。
 いただいた書物については、礼状はできる限り稚拙な手書きによることにしている。
 ここは「知拙な手書き」とありますが、決してそうではなく、味わい深い「手書き」なので、捨てるのがもったいなくて私は全部をファイルに保存しています。
 ついでにいうと、著者は日本人なら、欧米の教養人にとってラテン語が必須であるのと同様に最低限の漢語文読解力は備えた方がいいと思うとしています。
 いやあ、これにはまいりましたね。漢語文読解力なんて、私は考えたこともありません。なので、この本には、時折、私の見知らぬ漢語が登場します。たとえば、「燃犀之明」です。物事の本質を見抜く明知。犀(さい)の角を燃やすと、その火は非常に明るくて、水の中まで透き通ってよく見えるという意味だそうです。まったく知りませんでした。
 著者が、労働委員会の公益委員をしていたとき、主張書面の要旨を口頭で述べるように求めると、代理人が「書面を読んでもらえれば分かる」と答えたのに対して、「要旨を述べられないような書面を読むつもりはない」と言い返したというのは、衝撃的でした。
 私なら、待ってましたとばかり、口頭で何か言ったと思います。通常の民事訴訟で、「書面のとおりです」としか言わないことに著者は大変不満なのですが、それも当然です。もっと「口頭弁論」は実質化されるべきだと私も思います。
 しかし、それには、裁判官が、双方の主張書面をじっくり読んでいて、争点をそれなり把握していることが不可欠です。ところが、現実には、それをしっかりやっている裁判官は実のところ少数派なのではないでしょうか。
 著者は大学教授を卒業したあと、「五大事務所」に入って弁護士として活動していますが、その事務所では月1回の昼食講演会があり、著者も年1回は登壇しているとのこと。なるほど、このような所内研修の機会があれば、質的向上は確保されることだろうと思い、とてもうらやましく思いました。
 いろいろ勉強になる本でした。
(2022年4月刊。2800円+税)

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