弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2023年4月28日

平和憲法で戦争をさせない

社会


(霧山昴)
著者 寺井 一弘 ・ 伊藤 真 、 出版 自費出版

 昨年(2022)年2月にロシアがウクライナに侵攻して始まった戦争は、いつになったら終わるのか、不安な日々が続いています。
 そんな人々の不安につけこんで、自民・公明の政権は相変わらずアメリカの言いなりに高額な兵器を買わされ続け、日本もアメリカに続けとばかりに戦争する国になりつつあります。怖いのは、少なくない日本人がそれに慣らされ、モノ言わぬ人々になってしまっていることです。それが裁判所(裁判官)の意識も包み込み、出る杭は打たれるとばかりに、政権の言いなりに判決を書き続けています。司法が行政の歯止めの役割を果たそうとしていません。
 「そんなこと、オレたちばかりに押しつけるなよ...」という、弱々しい告白がもれ聞こえてきます。でも、あきらめずに、安保法制法は憲法違反だという裁判を意気高くすすめているグループがいます。私も、そのグループに加わり、微力を尽くしています。
 この70頁ほどの小冊子は、そんな安保法制違憲訴訟を引っぱっている二人のリーダーによるものです。さすがは憲法伝導士を自称するだけあって、格調高い内容です。
 まずもって驚かされるのは、戦前の明治憲法をつくった伊藤博文が立憲主義の本質を理解していたということです。君主の権力を制限し、国民の権利を守ることが憲法の目的だと、伊藤博文が言っているのです。自民党の政治家にぜひ読んでほしいところですよね...。
 ただ、残念なことに、「個人の尊重」は理解していなかったようです。だって、女性の参政権は認めていない時代ですから、当然の限界なのでしょう...。
 明治憲法は天皇が強かったわけですが、実のところは、天皇を通じて国民を自由に操(あやつ)る実質的な権力者が天皇の裏にうごめいていたのです。
 明治憲法では、親権天皇、軍隊、宗教が三位一体の構造をなしていた。これに対して、戦後の日本国憲法は、象徴天皇制、9条による戦争放棄、政教分離を規定した。
 今の日本国憲法を「押しつけ憲法」というのは事実にも反しますが、このコトバは1954年の自由党の憲法調査会で初め登場したもの。
日本国憲法は、国連憲章ができたあと、それも人類がヒロシマ・ナガサキで原爆(核兵器)を使ったあとに制定されたもの。このことを忘れてはいけない。
 日本は、今日までの戦後77年間、戦争することなく、少なくともこれまでは無用な軍備拡張競争に乗ることなく、ただ一人として国民・市民が戦争で死なず、そして自衛官が戦死することもなく今日があるのです。
抑止力の本質は、戦争する意思と能力があることを相手に示して威嚇すること。
 日本が敵基地攻撃能力を持ち、「やられる前にやれ」といって攻撃したら、「敵国」は必ず反撃してくる。ミサイル攻撃の応酬になってしまう。どちらも共倒れ、廃墟になってしまうまで続くことになりかねない。
 戦争が始まったら、なかなか終息しない。なので、戦争にならないようにするしかない。そのためには、私たちはもっともっと声を大きく強く平和を求めて叫ぶべきなのです。
(2023年5月刊。カンパ)

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