弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2023年4月23日

極光のかげに

ロシア・日本史(戦後)


(霧山昴)
著者 高杉 一郎 、 出版 岩波文庫

 日本攻戦後、50万人以上の元日本兵がソ連軍によってシベリアに連行され、強制労働させられました。その4年間のシベリア生活が淡々と記述されています。
 森の中から幼稚園の子どもたちが出てくると、「こんにちは」と挨拶する。「こんにちは、子どもたち」と返すと、次の子たちは「こんにちは、日本人」と言い、次々に握手していく。そして、山ぐみの小枝を差し出し、「おじさん、これあげる」「おいしいよ」と言う。保母さんはもらっていいと言うので、受けとった。やがて、遠ざかっていく子どもたちの合唱の声が聞こえてきた。ソヴィエトの民衆の民族は偏見のなさは、どんな頑(かたくな)なロシア嫌いをも感動させる。
 いい情景ですね。心が温まります。
ノドが乾くと、ロシア人はそこらあたりの雪をほおばったり、雪どけ水を飲む。それを真似すると、必ず下痢してしまう。ロシア人の野性的な生活力には、驚嘆するしかない。
 目の前に次々に立ち現れる人間がみなソ連の否定的な面を語る。
 ピオネールの幸い大きなネクタイをした子どもたちの前で、「同志スターリン、万歳!」と叫ぶと、ひとりの少年が「スターリンは良くないよ」と文句を言った。「なぜ」と尋ねると、「パンが少しだからさ」という答えが返ってきた。
 ユーモラスで、明るい、すぐに誰とでも友だちになる態度は、ロシアの民衆に独特なものだ。一般に古い世代のロシア人は底抜けに善良だ。
収容所のロシア人所長が言った。
 「きみたちがここでやっている民主運動は、全部、無意味だよ、無意味。そして、日本の港に上陸して1週間たったら、そのときこそ、民主運動の意義を本当に理解するだろう」
 収容所当局に迎合して進められている民主運動は一過性のもの、その本当の試練は日本に上陸したときにやって来るだろうというのです。まことにその通りでした。
 著者たちを護送するソ連の警戒兵は、小銃を地面に置き、その上にうつ伏せになって、銃を抱いて寝た。関東軍の形式主義ではなく、ソ連軍の実戦本位がこれひとつでも分かる。
ドイツ軍の捕虜になった経験もあるロシアの囚人は、自分の経験から一番人間らしい民族はイタリア人だと言う。毎朝、自分の方から先に挨拶するし、煙草はいかにもうまそうに吸うし、牛乳があれば大騒ぎだし、いつでも陽気で、女性たちに出会うと、決まってからかう。
 ドイツ人は、むやみに威張るし、世界で一番愚劣な民族だ。アメリカ人は決して労働しない。
オレたちは、まず、何より人間であればいい。ロシアの囚人と日本の捕虜が向きあってるんじゃなくて、ひとりの人間ともう一人の人間が向かい合ってるんだ。
世界で何人かの男が、とんでもない大間違いをしでかした。その間違いのおかげで、オレはヨーロッパに行って働き、キミはシベリアで働くというような馬鹿げたことになった。何人かのアホのほかは世界中、誰ひとりとして、こんな馬鹿げた結果を望みはしなかったのに...。
これは、ロシアで平凡に働く人々の口からよく聞かされた。いわばスラブ民族独特の人生哲学だ。書物からではなく、人生の中からしみ出してきた思想・哲学である。
4年間もの辛いシベリア抑留生活を、このように静かに深く掘り下げた本があったとは驚きです。
1991年5月に第1刷が刊行され、私は2022年3月の第13刷を読みました。
(2022年3月刊。970円+税)

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