弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2023年4月 3日

辞書編集、37年

社会


(霧山昴)
著者 神永 暁 、 出版 草思社文庫

 辞書づくりの面白さ、大変さを知ることができました。そして、もちろん辞書の大切さも...。私も辞書はよく引きます。すべて手書き派のモノカキですから、漢字は読みも書きもそれなりにできると自負しているのですが、送り仮名は難しいし、漢字だって、このときはどれが一番ふさわしいかなと疑問を抱いたら、すぐに辞書を引くようにしています。もちろん国語辞書です。ついでにいうと、フランス語をずっと勉強していますが、電子辞書ではなく、あくまでペーパーの辞書です。大学受験のときは、部厚い英語の辞書を最初から最後まで読み通しました。赤鉛筆を引きながらですから、辞書が真っ赤になりました。同じようにフランス語もロベールの仏和大辞典を読みすすめました。そうなんです。辞書は必要なところを引くだけでなく、読みすすめると、それも楽しいのです。うひゃあ、そうなんかと、いくつもの発見がありますから。この本でも、著者はそのことを何度も強調しています。
辞書編集者の仕事は、ひたすらゲラ(校正刷り)を読むこと。書かれた内容すべてに対して、本当に正しいのかと疑問をもちながら読んでいく。だから、辞書編集者は、とても懐疑的な性格になっていく。つまり、疑ぐり深い正確になるのですね。
日本の辞書は、内容だけでなく、印刷や製本、製紙の技術も素晴らしい。辞書は発刊と同時に改訂作業がスタートする。つまり、辞書編集とは、エンドレスなのだ。いやぁ、これには驚きました。ともかく息の長い仕事なのです。10年とか30年のスパン(単位)で考える世界です。
辞書編集者に求められるのは、言葉に関する興味であり、ことばに対する探究心である。これがあれば誰にでもできる仕事だ。いえいえ、決してそんなことはありますまい・・・。
辞書編集者は、誰が書いた原稿でも、内容のおかしな原稿には手を入れる。これが鉄則だ。
日本の辞書は、表紙は塩化ビニール(塩ビ)などの柔らかい素材のものとし、本全体を厚紙のケースに入れている。外国の辞書にはケースがなく、表紙もやや厚手の紙製なのが多い。
『美しい日本語の辞典』には日本の伝統的な色名を示し、117色のカラー口絵を付けた。いやぁ知りませんでした。これは買わなければ損ですね...。青鈍(あおにび)、今様色(いまよういろ)、朽葉色(くちばいろ)、潤朱(うるみしゅ)、浅葱色(あさぎいろ)...。これはすごい。
『ウソ読みで引ける難読語辞典』というのもあるそうです。アベやアソウが読み間違って聞いているほうが恥ずかしい思いをさせられた言葉がありますよね。アベの「でんでん」(云々)が有名ですが、それが辞書で引けるようになっているとは、思いもしませんでした。たしかに、コトバが人々から誤読されているうちに、「正読」になってしまうことはよくありますよね。
「がさをいれる」という「がさ」とは、「さがす(探)」の語幹「さが」の倒語だというのは、知りませんでした。「むしょ」は刑務所の略ではないというのにも驚きました。刑務所ができる前から「むしょ」は存在していて、これは「虫寄場」とか「六四」(牢の食事は麦と米が6対4の割合だったことによる)からという。いやはや、世の中は知らないことだらけですね。
山形弁は、「ゴミをなげる(捨てる)」、「コーヒーをかます(かき回す)」という。愛媛では「梅干をはめる(入れる)」という。
シャベルとスコップ。東日本では大型のものをスコップといい、小型のものはシャベル。西日本では大型のものはシャベル、小型のものをスコップという。
辞書の紙はインディアペーパーだった。薄くて、インクの裏抜けのしにくい紙だから。辞書の製本も、見開きで180度開くだけでなく、左右両方向に180度、つまり360度開いても壊れない。これは外国の辞書にないこと。
コトバ選びの楽しさも味わうことができました。辞書編集者に対して、改めて感謝します。
(2022年1月刊。990円+税)

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