弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2023年1月26日

あの日々

司法


(霧山昴)
著者 髙木 國雄 、 出版 作品社

 ベテラン弁護士が活写する迫真の法廷小説。これがオビのフレーズです。なるほど、です。前に『やつらはどこから』(作品社)を読み、このコーナーで紹介しましたが、今回もなかなか読ませます。
 まずは、若き司法修習生が直面した法曹界の実態が描かれています。司法研修所に入って4ヶ月間の前期研修のあと、全国各地に散らばって、実務修習として、裁判所、検察庁そして弁護士のもとで見習いをすることになります(今は違います。この本は50年前の話です)。
 主人公の司法修習生は同じ刑事事件を裁判所と担当弁護士のところで扱うことになりました。裁判官同士の会話は、もちろんフィクションですが、大いにありうる内容です。
 ただ、検事正を「長官」と呼び、慣られるという記述には、とても違和感を覚えました。福岡には福岡高等検察庁があり、また地方検察庁ももちろんありますので、検事正を「長官」と呼ぶことは絶対にありえません。混乱するからです。長野の特殊性なんでしょうね。
 もう一つ違和感があったのは、弁護修習のとき修習先を司法修習生にまかせていることです。もちろん、これはありうることでしょうが、福岡では原則として司法修習委員会が決定します。地元の有力弁護士を希望する人が多く、「左翼」弁護士には希望者がいないというのではまずいからです。
 主人公の修習先の福森啓太弁護士(長野の富森啓児弁護士を思わせます)は超多忙。
 「権力や大企業とことを構えないのが、平穏で賢明な生き方...」
 多くの弁護士が「高みへ逃げて」いるのに反し、福森弁護士は情熱の塊のような若くて有能な弁護士として東奔西走している。一般民・刑事事件のほか、地元の労使対立紛争の労働者側代理人を一手に引き受け、さらに国や地方自治体、税務署など行政相手の折衝、裁判をになっている。そして地方労働委員会の事件が多く、夜7時から10時まで、多いときは週に2日も公聴会に出席。
 いやあ、これはたまりませんね...。でも、そんな弁護士の下で修習できる弁護士は幸せそのものです。
 そして、裁判官。
 「微妙な見方の違いに目をつむれば、地方廻りより中央で活躍できて、早く地裁所長にもなれる。それに満足する人生もある」
 「それはおかしい。出世を望むのなら、行政官僚を目ざせ。司法は、それに距離を置いて、正義や平穏な秩序づくりを目ざすべきだ」
 こんな青臭い議論を私も司法修習生のころ、していました。青法協(青年法律家協会)の憲法擁護活動の一環として、公害現地の見学・視察や学者や事件当事者を招いて勉強会・セミナーを開催するなどです。
 この本に登場する定年間近の裁判官は司法修習生に向かって、法曹として何がもっとも大事な資質なのか...と問いかけ、自らの答えを披瀝します。
 それは豊かな想像力だ。豊かな想像力を生む、その人の豊かな経験に勝るものはない。
 なるほど、たしかに想像力は大切だと思います。でも、これが口で言うほど簡単ではありません。ついありきたりの、「枠」思考にとらわれてしまいがちになります...。
 この本では、刑事事件において裁判官が無罪判決を書くことがいかに勇気のいることなのか、裁判官同士の会話として語られています。
 「この注目されている事件、しかも権力に立ち向かっている運動の中核をなす事件で無罪判決を出したら、その後の裁判官生活が無事ですむ保障はない...」
 いやはや、本当にそこを心配している裁判官が実は少なくない。それが私の実感です。そして、それは口にするレベルではなく、心の奥底に共有されているものなので、それこそ奥深いものになっている。私はそう思います。
 この本には、あと二つ、娘の強姦事件の「処理」、そして離婚事件のドロドロとした話も小説になって紹介されています。今回もまた、大変勉強になる司法小説をありがとうございました。次の作品を期待しています。
 私の『弁護士のしごと』(花伝社)もぜひ、ご一読ください。
(2022年11月刊。税込1980円)

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