弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2023年1月17日

吉野源三郎の生涯

人間


(霧山昴)
著者 岩倉 博 、 出版 花伝社

 『君たちはどう生きるか』は、最近読みましたが、本当によくよく考えさせてくれる、いい本です。そして、驚くべきことに、この初版本は戦前に刊行されているのですよね。すごいことです。
 「日本少国民文庫」の編集主任をしていた吉野は、最終巻を書くはずの山本有三(『路傍の石』の著者)が病気のため書けなくなったので、その代わりに吉野が書くことになった。
 吉野は1936年11月、執筆に取りかかった。1936年といったら、2、26事件が起きて、日本がキナ臭い雰囲気にあったころのことですね。
 教育・文化の軍国主義化が進むなか、ナポレオン的武勇が賛美され、人間らしさや人類の進歩をいう視点が子どもたちには欠けている。感受性が柔軟で、価値感情が汚れていないうちに、多様な価値意識の必要性、人間の素晴らしさ、人間らしい価値を伝えたい。少年たちの日常的で平凡な事柄を手がかりに、それらの思索を推し進めていくような方法を...。
 1937年5月に吉野は書き終わり、7月に刊行された。この本を読んで、丸山真男は感動し、常盤炭鉱の労働者たちは読者会のテーマ本とした。これって、すごいことですよね。
 最近でたマンガ本もよく出来ています。感心しました。
 1936年から37年に書かれた本というより、現代日本の世相にぴったりマッチする本。現代に生きる本です。
 吉野源三郎は1922年4月に東大経済学部に入学し、大正デモクラシーの洗礼を受けています。東大には新人会という社会科学やマルクス主義に関心を寄せる学生たちのグループがありました。そのなかに吉野もいたのです。そして吉野は、経済学部から文学部哲学科に移りました。
 当時は徴兵制がありました。吉野は甲種合格なので、3年は兵役に就かなければいけません。そこで、1年志願制で兵役に就いたのです。いやあ、私は徴兵制のない時代に生きて、本当に良かったと思います。吉野は陸軍砲兵少尉でした。
 そして、マルクス主義に近づき、実践活動に誘われたのです。治安維持法にひっかかって、3回も逮捕されていますが、少尉階級の在郷軍人なので、普通裁判ではなく、軍法会議にかけられました。このとき、吉野は自殺未遂もしています。
 結局、吉野は岩波書店に入社しますが、岩波茂雄は「治安維持法のおかげで、優秀な人間を獲得できた」と喜んだとのこと。うむむ、そういう表現もできるのですね。
 そして、1938年に、吉野は岩波書店から、居間に続く岩波新書(赤版)を発刊したのでした。
 岩波新書には、私も大変勉強させてもらいました。モノカキを自称する私も、一度は岩波新書レベルの本を書きたいものだと夢見ています。
 1938年11月に、岩波新書として20冊が同時発売されたというのですから、たいしたものです。
 戦後、岩波新書(青版)が再刊された。定価は70~100円。1万3千部から1万8千部の発行部数。私も大学に入ってから、むさぼるように読みました。駒場寮で読書会もしました。
 戦後、吉野は憲法改正反対、ベトナム戦争に反対、核兵器なくせ、などの実践課題に深く関わった。
 東大全共闘の代表になった山本義隆は吉野の娘の家庭教師をしていた。しかし、吉野は全共闘の暴力主義路線には一貫して批判的だった。これには私も関わっていますので断言できますが、全共闘の本質は暴力賛美にあります。全共闘を今なお持ち上げようとする人が少なくありませんが、私は本当に無責任だと思います。これって、ロシアの戦争を手放しで肯定するのと同じことなんです。なにしろ、「敵は殺せ」を公然と掲げていたのが全共闘なのですから。そして、全共闘は内ゲバによって、何十人という人が殺され、傷ついたという現実をぜひ直視してほしいと思います。
 吉野源三郎の生き方をたどることのできる本でした。
(2022年5月刊。税込2200円)

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