弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2023年1月15日

歌集・空白地帯

人間


(霧山昴)
著者 柳 重雄 、 出版 現代短歌社

 私と同じ団塊世代の、埼玉で今も弁護士として活躍している著者による短歌集。
 著者は高校・大学と短歌をたしなんでいましたが、司法試験を経て弁護士活動のなかで短歌とは遠ざかっていたとのこと。ところが、2017年に奥様が亡くなられて、初心を思い出して短歌の道に邁進して、今回の歌集にたどり着いたそうです。
 私には短歌の良さがよく分かりませんが、私の心にヒットしたものを少し紹介してみます。
 まずは、高校生のときから大学生初めのころまでの作品です。
 雫(しずく)這う ガラスの外は 今宵のあめ 受話器にきみの声 明るくて
 きみを乗せ 雨の夕べに 動き出す 列車のあとに来る 悲しみは
 薄闇に 木々の塊 くろぐろと 己に迫る 底深きもの
 頬に五月のひかり 射せども 林立するゲバ棒の前に たじろぐ思索
 これらは初恋の思ひ出、そして学園闘争の渦中での心象風景だと思いました。
 続いては、今は亡き奥様を偲んでいる短歌です。著者の長女がフランスはパリに留学していて、奥様と何回も訪問したとのこと。その楽しい思い出が何回となく思い出されています。
 セーヌ川 の風さわやかに パリの街 暮れつつ灯(あかり)が ともり始めて
 オペラ座の 大通り行く この夕べ 妻と腕組み パリジャンとなる
 カルカッソンヌの 町を囲める 城壁を 妻と歩めり 風に吹かれて
 著者と同じく、私もフランスには何回も行きました。ロワールの城めぐり、モン・サン・ミッシェル、リヨン、カルカッソンヌ、トゥールーズなど、行ったことのある町の風情を思い出します。
 そして亡き奥様を思い出す思いの哀切さ...。
 君を恋う 最もリアルな 感情を 詠(うた)いえたるは 君逝きし時
 背広着て スーパーに菜(さい) 買うときに ふいにこみあげ きたる悲しみ
 灯明の 炎の中に 君がいる そう思いつつ 君と会話す
 たたなずく 雲の向こうに 君はいて メールの返信 返ってきそう
 長年の知己である著者から贈呈していただきました。お互い、健康に留意して、もう少し現役の弁護士としてがんばりましょうね。
(2022年12月刊。税込2750円)

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