弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2023年1月 5日

通州事件

日本史(戦前)

(霧山昴)
著者 笠原 十九司 、 出版 高文研

 心が震える感動的な本でした。中国軍による日本人居留民虐殺事件として最近、右翼がよく話題にする通州事件について、著者は前半で事件の背景を深く掘り下げています。この点、本当に勉強になりました。さすがです。そして、後半は、この通州事件の被害者遺族の姉妹が生存していて、しかも、憎しみの連鎖を断つ必要があると訴えています。ここは読んでいて、本当に心が揺さぶられる思いがしました。
 まず前半の第Ⅰ部です。通州とは、北平(今の北京)と天津の中間にある町です。日本人を攻撃・虐殺したのは国民党政府軍ではなく、日本軍に従属していたカイライ軍の保安隊が起こしたもの。
1937年7月29日、盧溝橋事件が起きた7月7日から22日後、日本軍のカイライ政権であった冀東(きとう)防共自治政府の保安隊4000人が反乱を起こし、日本軍の守備隊20人、日本人居留民225人(日本人114人、朝鮮人111人)を殺害した。日本人と朝鮮人は、通州で大々的な密輸入(塩)を扱っていた。これは、国民党政府の収入源に打撃を与えた。そして、アヘンを日本人・朝鮮人は扱った。日本人は中国語ができないものが多かったので、朝鮮人が中国語の会話能力を生かして、中国人たちと交渉にあたった。中国人は、日本軍の通訳を朝鮮人たちがつとめていたことから、朝鮮人に対して、憎しみ、憤り、反発を強く抱いていた。要するに、朝鮮人は日本軍の手先として憎まれたということ。
国民党政府はアヘン禍撲滅を目ざして取り組み、麻薬を扱う業者を次々に公開処刑した。
通州事件が発生したのは北支事変(7月28日)の翌日のこと。通州保安隊の反乱は周到に準備された。通州にあった日本人と朝鮮人の住宅が襲撃されたが、それは反乱軍から事前に調査してマークしていたから。襲撃された日本軍守備隊は堅固な建物と強力な火力によって9時間にわたる激戦に耐えて(戦死者26人)、反乱した保安隊の突入を阻止することに成功した。通州事件当時、日本人と朝鮮人380人の居留民のうち、180人が保護され、残り200人が犠牲者となった。
 そして後半の第Ⅱ部。姉(久子。現在90歳)は、事件当時、小学校に通うため両親と別れて、母の実家のある群馬県水上町の小学校に通学していて、無事だった。そして、妹(節子)は、事件当時、中国人の看護婦(何鳳岐。21歳)が、反乱軍に対して自分の娘だと言って守り通した。この姉妹は、通州事件とは何だったのかをじっくり勉強して、人類が共生していかなければ共に滅びるしかないことを教えてくれた事件であること、戦争は憎しみの感情をかきたて利用して起こること、中国人は通州でひどいことをしたけど、妹を助けたのも中国人だから、中国人に恨みはない、日本軍は中国でもっとひどいことをしたのだから・・・と考えているのです。
 この姉妹は、両親と妹を通州事件で中国人反乱軍に虐殺されたものの、「憎しみの連鎖を断つ」生き方をしています。すごいです。こんな本に出会うと、やっぱりたくさんの本を読んで(読めて)良かったなと、つくづく思います。あなたにも一読を強くおすすめします。
(2022年9月刊。税込3300円)

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