弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2022年12月13日

逃亡者の社会学

アメリカ


(霧山昴)
著者 アリス・ゴッフマン 、 出版 亜紀書房

 アメリカの大都市の一つ、フィラデルフィアの黒人居住区に白人(ユダヤ人)の若い女性(社会学者)が入りこんで6年ものあいだ黒人家庭の生態を観察したという大変貴重な記録です。司法の裏で、闇の商売が成り立っているというのには、まさかと驚きました。
 刑務所の看守のなかには、職業上の立場を活用して、お金を工面できるよう被告人たちに対して特別な免除・恩恵を与えている。たとえば、ケータイを売る。薬物やナイフを売っている。また、女性とのプライベートな時間、セックスする時間を15分で100ドルで売っている。
 保護観察所で面談のとき尿検査される。その尿が売られている。買った尿を内股にテープで貼り付けておいて、採尿用のコップに入れる。運転免許証の偽造もある。1000ドルで売られている。
 警察の捜査官は、ケータイの位置情報を追跡して、指名手配犯をリアルタイムで追っている。
 黒人居住区に生活する若者は、まず初めに警察官に対して強く意識する。どんな姿で、どのように移動し、いつどこに現れそうか...。覆面パトカーの車種、警察官たちの体型や髪形、その巡回するタイミングと場所を覚える。そして、予測不能な日常を心がける。
 指紋をとられないように留置場で、鉄格子に指先の皮膚をこすりとってしまう。
 2000年代半ばから、パトカーにはID照会用のコンピューターが装備されている。偽造IDの使用は困難だし、偽名も警察には通用しない。黒人居住区に住み、指名手配中の若者はIDを使っての買物はしない。何の書類も求められない店を探す。
 警察が逃亡中の男性の妻に対する尋問のなかでは、子どもを取り上げるぞという脅しが一番効果ある。指名手配中の夫は居場所を教えないと、児童保護サービスに通報する必要がある...、と言うと、たいていの母親は口を割る。育児放棄と、不適切な生活環境に現存しているから。
 この黒人居住区に暮らす多くの家族にとって、拘置所や刑務所などは多くの親戚がいる場所にすぎない。
黒人居住区の若者たちは、文字どおりフェンスを乗りこえ、徒歩や車で彼らを追跡する警察から逃げている。ところが、別の場所で成功するための資金やスキルをほとんど持っていないため、この地区にとどまる。彼らを匿(かくま)い、生きのびるのを助けてくれる、家族と隣人たちの寛容さに頼る。
徹底的な取り締まりと、それが統制しようとする犯罪は、互いを補強しあう。犯罪厳罰化政策の皮肉の一つは、それが家族や友情、そしてコミュニティの絆(きずな)にとって、きわめて破壊的であるため、誰もが警察や裁判所そして刑務所が不当でありすぎて、違法性の風土の一員だ。
州刑務所で黒人男性に面会に来る女性の多くは白人だ。
著者は、すごく勇気のある女性です。私には、とてもマネできません。社会学者としてのレポートとしては難があるという批判もあるそうですが、ともかく黒人居住区の実際が活字になってレポートされているのはすごいことです。
(2021年4月刊。税込2970円)

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