弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2022年11月 6日

香君

人間


(霧山昴)
著者 上橋 菜穂子 、 出版 文芸春秋

 私は、まったく自慢にもなりませんが、あまり鼻が利(き)きません。香(こう)あわせに万一出されたら、ビリ争いをしてしまうのが必至です。庭に夏になると夜、匂いを漂わせる夜香木(やこうぼく)があります。家人が、「ほら、匂ってきた...」と言っても、ちっとも分かりません。さすがにキンモクセイの香りは分かります。でも、今では可哀想にトイレの消臭剤として、すっかり定着しているため、トイレの匂いというレッテルをべったり貼られて気の毒です。
 この本の主人公は、そんな私とまるで正反対、香りで万象を知る女性です。その名も「香君(こうくん)」。すごいんです。心の底まで見透かすように匂いで物事の本質を知ることができます。
 それにしても著者の小説は、いつだってスケールが巨大です。
 そして、地球の自然環境をめぐる深刻な諸問題が必ず取り込まれていて、他人事(ひとごと)のストーリー展開ではありません。
 今回は、アメリカのモンサントなどの巨大穀物メジャーが、全世界の農民を自分たちに依存するしかないように仕向けて画策しているという現実を踏まえたストーリー展開です。
 実際、モンサントから種子(たね)を購入すると、1年目はこれまでにない豊作が現出する。ところが、できあがった実を勝手に播くことは許されない。それを合法化する契約書があった。
 自分が収穫した農作物の種子(タネ)を自分の土地に播くことは許されていない。モンサントから買うしかない。もちろん、お金が必要。こうやってモンサントたち食糧メジャーの農・漁民の囲い込みは実現するのです。種子(タネ)は買うしかありません。
 いやはや、とんだ仕掛けなのです。
 北海道に向かう飛行機のなかで、一心不乱に読みふけり、読書の喜びに浸りました。
(2022年3月刊。税込1700円)

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