弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2022年11月 1日

迫りくる核戦争の危機と私たち

社会


(霧山昴)
著者 大久保 賢一 、 出版 あけび書房

 2月に始まったロシアによるウクライナ侵略戦争は、いつ終わるか不明のまま、越年しそうで心配です。このロシアの戦争を前にして、日本も核兵器で武装すべきだとか、アメリカと「核」を共有すべきだとか声高に叫ぶ人々がいます。
 日本が核を持ったら、日本の平和が守れるなんて、ちょっと真面目に考えたら、ありえないことがよく分かるのではないでしょうか。なにしろ、日本は、日本海に面して、たくさんの原子力発電所をもっていますから、そこに通常兵器のミサイルを打ち込まれたら日本はおしまいなのです。
 3.11の福島第一原発は地震による津波被害という自然現象でした。それでも大変な苦労をしているというのに、ミサイルで攻撃された原子力発電所は膨大な放射能を出し続け、もう誰にもそれを止めることができません。
 世界には原子力発電所が434基もあるとのこと。つまり、地球規模で考えて、人類は核戦争を始めてしまったら、この地球上どこにも住むところがないことになるのです。まさしく、「核の冬」は人類を絶滅させます。
 この本の著者は、一貫して核兵器を直ちになくせと主張し、行動してきました。まったくそのとおりです。
 今ひとつの危険は事故によって核戦争が始まりかねないということです。現に、これまで、何回となく核戦争が起きそうになりました。それはあの悪名高い「キューバ危機」だけでなく、本当の事故です。人為的ミスがどうかは別として、核攻撃を告げるアナウンスが間違ってされたことは現に何度もあります。人間がやっていることですから、どうしても間違いは起こりえます。それを防ぐことはできません。これまで、たまたま重大な事故にならなかっただけなのです。
 ロシアの保有核弾頭は4630基で、そのうち1625基が実戦配備されている。
 ロシアは1キロトンの小型核兵器を2000発保有している。それを前提として、ロシアのプーチン大統領は核兵器をつかうぞと威嚇しているのです。本当に怖いです。
 「平和を望むなら、戦争に備えよ」
 「平和を望むなら、核兵器に依存せよ」
 世界には1万2千発の核弾頭があり、その運搬手段は高速化し、精緻化している。
 ところが、日本政府は相変わらずアメリカの「核の傘」に依存し続けていて、核兵器禁止条約に反対している。アメリカの核抑止力を損なうことになるからというのが理由。おかしな理屈です。
 核兵器は、戦闘のための手段ではない。相手方の力を弱めるための、相手方の敵意をそぐための「国際政治の道具」なのだ。これが核抑止論者の考え方。
 しかし、すでに核抑止論は破綻している。ウクライナはプーチンの核使用の威嚇にもかかわらず、戦闘を続けている。
 核による脅しは、現実には核軍拡競争を激しくしただけ。このように、核兵器によって平和と安全を確保しようとする核抑止論は、理論的に破綻しているというだけではなく、現実的にもその効用が証明されているものでもない。
 地球上に核兵器がもっとも多かったのは1986(昭和61)年で、7万発あった。それが、今では1万3千発に減っている。
 原資爆弾はまさしく「悪魔の兵器」なので、なくすしかない。まったくそのとおりです。
 今、多くの日本国民が物価高に苦しみ、年金の切り下げ、賃金の低下と不安定雇用で先行き不安をかかえているのに、軍事予算の増大に半分以上が賛成しています。先日のJアラート効果は抜群でした。日本政府が苦しい状況に置かれると、そのタイミングで都合よく北朝鮮がミサイルを打ち上げる。このタイミングの良さから、北京で日本政府が内閣官房機密費を原資として「賄賂」を提供しているという噂が消えません。いやあ、先日のJアラート効果は絶大でした...。政府の世論誘導に国民がすっかり乗せられています。
 いま、大いに読まれてほしい一冊です。著者の論文集、講演録を一冊の本にしていますので、重複が多いのが少し残念でした。著者より贈呈を受けました。ありがとうございます。ますますの健筆を祈念します。
(2022年11月刊。税込2420円)

  • URL

2022年11月 2日

玉城デニーの青春

社会


(霧山昴)
著者 藤井 誠二 、 出版 光文社

 「オール沖縄」候補が那覇市長選挙において大差で自公のアメリカ軍基地増設容認候補に敗北したのはショックでした。何より市長選の投票率が50%に達しないというのが残念です。
 なんだか、どっちもどっちだな。そんなら、わざわざ投票所に足を運ぶこともないんやな...。
 有権者の半分も投票所に行かないなんて、日本はそれだけで異常な国だと思います。よその国は、投票に行きたくても行けなかったり、監視つきでしか投票できなかったりしているのに、日本国民は、あまりに怠慢です。まさしく惰眠をむさぼっています。そのツケはすでに来ていて支払わされているのに、そのことに気がつかずに、毎日、オレ(ワタシ)は忙しいんだし(忙しいのよ)、なんてウソぶいているのです。本当に残念です。
 でも、私は絶望してはいません。やれば、たたかえば出来ることを、この本の主人公が示してくれているからです。玉城デニーが沖縄県知事選挙で当選したことは万鈞の重みがあります。このとき、自由と民主主義を求め愛好する人々の良心が勝ったのです。
 その沖縄県知事の青春を振り返った本です。ああ、そういう人だったのか、それで沖縄の厳しい選挙選を勝ち抜くことができたのか、よく分かりました。
 何よりも人柄がいい。強さと明るさには頭が上がらない。
 沖縄は日本の中で差別され、沖縄の中でハーフは差別され、そのねじれの間を生き抜いてきて、差別がトラウマになって脱しきれない人がたくさんいるなかで、デニーはそうではない。デニーという名前はいじめられる。
デニーの父親は沖縄に来ていたアメリカ海兵隊員。でも今、どこで何をしている人なのかは明らかにされていない。玉城デニーも、父親の素性には触れない。
 「十人十色で10本の指のかたちも長さも違うのだから、気にする必要なんかない。容姿は皮一枚なんだよ。皮を脱いだら、みんな赤い血が流れていて、同じなんだよ」
 これは玉城デニーに母親が言ったコトバ。すごいですね、まったくそのとおりですよね。
 玉城デニーは、高校生のときにロックバンドを結成し、素人グループながら、米軍基地内でも演奏していたそうです。デニーは、ボーカル。ロックバンドの名前は、「ウィザード」。魔法使いですかね...。
 デニーは強い。母ひとり、子ひとりで、ハーフとして差別もされて、それが強さになっている。東京で生活して、苦労して、沖縄に戻ってきた。そして、誘われて音楽をやるようになった。
 ハーフであり、見かけで差別されたこともあったのに、よくぞいい性格のままで大人になれたものだ。そういう扱いを受けたからこそ、反発として性格の良さが磨かれたのかもしれない。
 そうかもしれない、きっとそうだろう。私もそう思います。弁護士になって、いろんな人と出会い、苦労したことが必ずしも人格を円満にするとは限らないという人を嫌になるほど見てきました。トゲトゲしさばかり、他人(ひと)を見下してばかりの「苦労人」がいます。そして、まともなことを言って、少しでも政権にタテつくと、「アカ」というレッテルを貼りつけて切り捨てるのです。その心の狭さに私は何度も呆れてしまいました。
玉城デニーには、2人の母がいる。産みの親(玉城ヨシ)は「おふくろ」で、育ての母(知花カツ)は「おっかあ」と呼んだ。この二人は、とても仲が良かったので、産みの親が育ての母にデニーをまかせたのだった。子どもって、愛情たっぷりに育てたら、産みの親かどうかは関係ないんですよね...。
沖縄の現実の一つを知ることのできる貴重な本だと思いました。
(2022年8月刊。税込1760円)

  • URL

2022年11月 3日

文化人類学入門

人間


(霧山昴)
著者 奥野 克己 、 出版 辰巳出版

 1962年生まれで、立教大学教授による文化人類学入門書です。
 実のところ、まったく期待せずに読みはじめたのです。文化人類学って何...、なんて言われても、さっぱり見当もつきません。
 冒頭あたりで、目について面白いと思ったのは...。女性は他集団に送り出さなくてはいけないので、自集団内の女性とは性交渉してはならない。自集団の女性たちとは、自分の姉や妹などの、近親の女性たちのこと。近親相姦の禁止、つまりインセスト・タブーによって、女性を自集団の外へと送り出し、女性の交換が行われるように仕向けている。インセンスト・タブーの原理こそが、人類社会を成立させている。
 この本で面白いのは、地球上、各地で、SEXをめぐる考え方が、こんなにも違うのかと、あきれてしまうほどです。でも、その内容は、ここでは紹介しません。本書を読んでください。
 著者はマレーシア領のボルネオ島(サラワク州)に住む狩猟・採集民7千人のプナンとともに生活(フィールドワーク)して一冊の本にまとめている。2006年から2019年まで、夏と春の毎年2回、プナンの地へ出向いた。もちろん、通訳なしで、本人がプナン語を勉強して話せるようになっています。すごいですよね。通算して600日以上も滞在したというのです。
 プナンの人々は、もらった贈り物をひとり占めすることがない。しかし、それは生来のものではなく、親が子に教えた結果。プナンの人々は、贈り物をもらっても「ありがとう」とは、決して言わない。そもそも、そんなコトバがない。では、何と言うか...。それは、「よい心がけ」の一言。狩猟民であるプナンの人々は、狩猟に参加したメンバー間の平等・均等な分配に執拗なまでにこだわる。プナンの社会では、与えられたものを、すぐに他人に分け与えることを一番頻繁に実践する人が、もっとも尊敬される。なので、その人は誰よりも質素で、みずぼらしい格好をしている。だからこそ、周囲の人から尊敬を集める。
 したがって、プナンの投票原理は、明らか。一番たくさんの現金をくれた候補者に投票する。果たして、そんなことで、いいのでしょうか...。
 プナンの人々は、時間間隔が非常にうすい。相対的な時間の感覚しかなく、絶対的な時間の感覚があまりない。
 バリ島では、人がなくなると、まず土葬する。次に白骨化した遺体を洗骨する。そして、人間の形に並べ直して、白骨化した遺体を今度は火葬する。バリ島の現地の人々は海で泳げない。海は死者とつながっていると考えるからです。
 著者は大学生のとき、メキシコに1ヶ月も滞在、バングラデシュの僧院では、頭を丸め、得度式をして、黄色い袈裟(けさ)をもらい、仏教名を授けられ、仏教の修業をしました。朝、托鉢に出て、昼から経典を読む生活を1ヶ月も続けたというのです。なんとも、すごーい。すごすぎます。
 『地球の歩き方』は、ひところの私の愛読書でもありました。
 この本で一番面白いのは、著者の若かりし頃の世界放浪記です。若さと語学力があったのですね...。うらやましい限りです。
(2022年6月刊。税込1760円)

  • URL

2022年11月 4日

労働弁護士50年、高木輝雄のしごと

司法


(霧山昴)
著者 名古屋共同法律事務所 、 出版 かもがわ出版

 名古屋に生まれ、名古屋で育ち、弁護士としても一貫して名古屋で活動してきた高木輝雄弁護士が後輩の弁護士からインタビューされて労働弁護士としての50年を語っていて、とても興味深い内容になっています。150頁ほどの小冊子ですが、内容は、ずっしりという重みを感じさせます。
 著者は戦前(1942年)に名古屋熱田地区に生まれ、名古屋大学法学部では行政法の室井力教授、憲法の長谷川正安教授、民法の森嶌昭夫教授に教えられました。
 司法修習は20期で、青法協の活動に熱心に参加した。横路孝弘とか江田五月も同期。
 弁護士になったころは、公害事件と労働事件、そして大須事件のような刑事弾圧事件で忙しかった。
 私が著者を知ったのは著者が四日市公害訴訟の弁護団員として活躍していたからです。
 四日市公害訴訟は1967(昭和42)年の控訴なので、著者はまだ司法修習生のころ。翌年に弁護士になってすぐ弁護団に加えてもらった。四日市公害訴訟の判決は、コンビナート企業会社の共同不法行為を認めた。この判決の意義を私は司法修習生のとき、青法協活動の一つとして当時、横浜地裁にいた江田五月裁判官にレクチャーしてもらいました。
 そして、著者は名古屋新幹線公害訴訟裁判に取り組んだのでした。新幹線の騒音・振動という公害問題です。著者は弁護団の事務局長でした。この裁判では、一審で、裁判官は3回も屋内で検証したというのです。すごいですね、今では、とても考えられませんよね...。また、沿線の旅館に弁護団で合宿したとき、その振動のあまりのひどさに、内河恵一弁護士が枕を持って逃げ出したとのこと...。実感したのですね。
 受忍限度論が問題になっていました。住宅密集地だけ減速したらいいじゃないか、名古屋7キロ区間のスピードを半分に落としても、せいぜい3分遅れるだけではないかと原告側が主張すると、他の地域でもやらなければいけなくなるという国鉄側は情報的な反論をしたのです。
 そして、実際、国労は裁判所が検証しているとき、減速運転してくれた。懲戒処分を覚悟したうえでの減速だった。すごいですね、今なら考えられませんよね、残念ながら。
 弁護団事務局長として、あまりの激務のために、他の仕事はほとんど出来なかった。
 いやあ、これは大変でしたね...。著者は午前2時まで作業して、2時間ほど寝るだけで、寸暇を惜しんで裁判の維持に全力をあげた。
 そして、著者は名古屋南部大気汚染公害訴訟にも取り組んだのでした。
 著者はながく弁護士として裁判に関わるなかで、司法の限界をいろんな場面で感じた。
 また、著者は労働事件にも取り組んでいます。裁判所や労働委員会は、運動全体のなかでは一つの手段にすぎない。重要ではあるけれど、それで終わりだと、本当の解決につながらないことも多い。裁判も一つの手段だから、ちゃんとした位置づけが必要だ。
 裁判や労働委員会といった法律的な場面だけではなく、社会的な問題に積極的に関与するのが労働弁護士の日常活動だった。ビラも配ったし、署名を集めたり、一緒にデモをしたり、ストライキのしたこともある。
 ところが、労働組合の姿勢がすっかり変わってしまった。連合が発足したあと、労働組合が大きく右傾化してしまって、労働組合が経営側と積極的にたたかうというのが例外的になってしまった...。残念ですね、ぜひ本来果たすべき役割に戻ってほしいと思います。
 労働組合は、もっと力をつけなければいけないし、もっと政治的、社会的な課題に目を向けるべき。労働者の組合加入率が低すぎるのも、本当に残念なことです。
 弁護士は事件の現場で鍛えられる。
 著者は、「ケンカ太郎」とか、「瞬間湯沸かし器」と言われながら、この50年を一貫して、まっすぐに歩んでこられたわけです。すごいことです。読んで勇気づけられる本でした。ご一読をおすすめします。
(2019年1月刊。税込1760円)

  • URL

2022年11月 5日

先生のお庭番

日本史(江戸)


(霧山昴)
著者 朝井 まかて 、 出版 徳間文庫

 江戸時代、長崎の出島にオランダ商館があり、そこから日本は海外の情報を仕入れていました。その商館にやってきたシーボルトという若い館員は、医師でしたが、日本各地の植物を採集し、ヨーロッパに種(タネ)や苗などを送り届けていました。その一つがアジサイです。アジサイは「オタクサ」と名づけられました。シーボルトの日本での女房の名前(お滝さん)からとられたものです。ヨーロッパにアジサイの花はなかったようです。
 シーボルトは江戸に上り、将軍にも拝謁していますし、当代の知識人がシーボルトに会いたくて全国からやってきました。
 シーボルトは日本全国の地図を伊能忠敬が作成したのを知り、その伊能図をこっそりオランダへ送ろうとします。ところが、その船が難破してしまったことから、積荷に伊能図があることが幕府に知られてしまい、ついには何人もの逮捕者まで出るというほどの騒動になりました。
 こうやって、タイトルの「先生」とはシーボルトだと分かります。すると、お次は「お庭番」です。お庭番というと、江戸城から出て各国のスパイをする人ではないのか...。それとも、シーボルト先生を見張る役になりますか...。いえ、どちらも違います。ここでの「お庭番」とは、日本各地の珍しい花や木を植えて育てる役、つまり、文字どおりお庭の草花を番して、保護・育成する人のことです。
 たくさんの珍しい草花が長崎・出島にやってきます。そして、それを海外(オランダ)に届けようというのです。何ヶ月もかかる船旅に耐えるためには、いくつもの工夫が必要になります。お庭番は大変なんです。そんなストーリー展開をうまく読ませます。さすがの筆力でした。
(2014年6月刊。税込693円)

  • URL

2022年11月 6日

香君

人間


(霧山昴)
著者 上橋 菜穂子 、 出版 文芸春秋

 私は、まったく自慢にもなりませんが、あまり鼻が利(き)きません。香(こう)あわせに万一出されたら、ビリ争いをしてしまうのが必至です。庭に夏になると夜、匂いを漂わせる夜香木(やこうぼく)があります。家人が、「ほら、匂ってきた...」と言っても、ちっとも分かりません。さすがにキンモクセイの香りは分かります。でも、今では可哀想にトイレの消臭剤として、すっかり定着しているため、トイレの匂いというレッテルをべったり貼られて気の毒です。
 この本の主人公は、そんな私とまるで正反対、香りで万象を知る女性です。その名も「香君(こうくん)」。すごいんです。心の底まで見透かすように匂いで物事の本質を知ることができます。
 それにしても著者の小説は、いつだってスケールが巨大です。
 そして、地球の自然環境をめぐる深刻な諸問題が必ず取り込まれていて、他人事(ひとごと)のストーリー展開ではありません。
 今回は、アメリカのモンサントなどの巨大穀物メジャーが、全世界の農民を自分たちに依存するしかないように仕向けて画策しているという現実を踏まえたストーリー展開です。
 実際、モンサントから種子(たね)を購入すると、1年目はこれまでにない豊作が現出する。ところが、できあがった実を勝手に播くことは許されない。それを合法化する契約書があった。
 自分が収穫した農作物の種子(タネ)を自分の土地に播くことは許されていない。モンサントから買うしかない。もちろん、お金が必要。こうやってモンサントたち食糧メジャーの農・漁民の囲い込みは実現するのです。種子(タネ)は買うしかありません。
 いやはや、とんだ仕掛けなのです。
 北海道に向かう飛行機のなかで、一心不乱に読みふけり、読書の喜びに浸りました。
(2022年3月刊。税込1700円)

  • URL

2022年11月 7日

ゴキブリ研究はじめました

生物(昆虫)


(霧山昴)
著者 柳澤 静磨 、 出版 イースト・プレス

 著者は昆虫館の職員であり、ゴキブリを研究しています。そのため120種、数万匹のゴキブリを飼育しているのです。ところが、昔からゴキブリ愛好家だったのではありません。数年前まで、私と同じように、ゴキブリが大の苦手だったというのです。それが今では、ゴキブリストに変身。いったい何が起きたのか、なぜ...?
 ゴキブリ展を2ヶ月間やったら大盛況だったとのこと。すると、ゴキブリを家で見つけて殺すと、子どもが泣くようになった。なぜか...。かわいそう。そして、ぼくもゴキブリを飼ってみたかった...。いやはや、子どもの心は、かくも純真なのです。
 ゴキブリをペットとして飼育している人が日本にもいる。1匹数万円のゴキブリもいる。
 うぬぬ、なんと、なんと...。まあ、ヘビ(大蛇)をアパートの一室で飼っているうちに逃げられたというニュースが先日もありましたから、それに比べたら、可愛いし、まあ無害でしょうね。
 ゴキブリとカマキリは共通の祖先から分岐した、近い存在。そして、シロアリもゴキブリとは非常に近い生き物。シロアリはアリとはまったく別の生き物で、ゴキブリ目に属している。
 ゴキブリは匂いを出すものが多い。食べられないよう、匂いで防御している。鼻が曲がるほどの臭い、薬品の臭い、強烈な臭い。でも、干しシイタケの香りや、青リンゴのようなさわやかな匂いのするものもいる。
 ゴキブリのなかにも鳴き声を出すのもいる。危険を感じたとき、「食べないで」、「触らないで」とアピールしている。
 エサをやると、寄ってきて一生懸命に食べる姿はかわいい。触覚もきれいに手入れしているところも、見ていると癒される。脱皮した直後の白い姿は美しい。
 ダンゴムシのように、手のひらに乗せると、くるんと丸まってしまうゴキブリ(ヒメマルゴキブリ)もいる。
 ゴキブリの目は、大きく、愛敬のある複眼。
 ゴキブリは、世界に4600種、日本に64種いる。家の中に入ってくるゴキブリは、ごくわずかで、圧倒的多数は野外に生息している。
 「キモイキモイも、好きのうち。ゴキブリ展」が大盛況だったので、本になったのでした。
 私も「敵」を知りたくて読みました。面白かったです。
(2022年7月刊。税込1650円)

  • URL

2022年11月 8日

ウトロ、強制立ち退きとの闘い

社会


(霧山昴)
著者 斉藤 正樹 、 出版 東信堂

 京都府宇治市にあった在日朝鮮人集落ウトロ地区に建てられたウトロ平和祈念館を10月24日に見学しました。秋晴れの日の午後のことです。
 ウトロ地区は、今では地区改造がすすみ、市営住宅が2棟建築中(1棟は完成して入居ずみ)で、昔の「不良住宅」の面影はわずかに残っているだけです。
 その一角に、ヘイト思想にこり固まった若者が放火した建物の残骸がまだ残っています。
 なぜ、ここが在日朝鮮人集落になったのかというと、戦前、日本軍が近くに飛行場をつくろうとして、朝鮮人労働者を朝鮮半島からひっぱってきたからです。戦後も、彼らはそのまま住みつきました。
 戦前、1300人もの朝鮮人労働者が集められました。慶尚南道の農民が多かったとのこと。
 飯場は連棟式長屋で、単身者だけでなく、家族もちも多かったそうです。
 戦後は、国有地ではなく、民間企業の所有地でしたが、低湿地のため、大雨が降るたびに水びたしになり、水道もない、まさしくスラム街。そこに在日朝鮮人が固まって生活していました。住民の3分の1は戦前の飛行場建設に関わって働いていた人たち、残り3分の2は、他地域からの転入者。
 ウトロは土地全体が、ここに住む在日朝鮮人の共有財産のような感覚だった。
 1970年2月、ウトロの住民代表は、土地の売却を要望する文書を土地所有者に送った。これが、あとで時効取得の成立を妨げることになった。
 そして、1988年に、土地所有者はウトロの住民を被告として、建物収去土地明渡訴訟を提起した。これに対して、住民側は、土地(地上権)の取得時効を主張した。
 裁判所の和解案は、住民側が土地を14億円で買いとること。とても、そんなお金はない。そして、敗訴判決が1998年1月に出た。先の要望書がウトロの住民に所有の意思がなかったことの証明にされたのです。
判決にもとづき強制執行がされるのを防ぐため、住民は結束して立ち上がった。道路を占拠して座り込んでいる住民の写真があります。実に壮観です。
 それだけではありません。住民は学者の応援を得て、国連に訴え出たのです。国際人権規約にもとづいて、日本政府は、もっとも効果的な救済措置を即時にとるべきであって、これは人権条約上の国の義務だという申立をし、これに対して、国連は政府に同趣旨の勧告をしたのでした。いやあ、こんなときに国連と国際人権規約が使えるのですね。
 そして、これが日本政府だけでなく、韓国の政府と世論を大きく揺り動かしたのでした。その結果、2つの財団ができて、ウトロ地区の土地は財団の所有となり、住民は市営住宅に入ることができたのです。そして、立派なセンターとつくりあげました。すごーい。
 知恵と工夫が、住民の団結を後押しし、世論を大きく動かしたことはよく分かりました。何事も、あきらめたらいけないんですよね...。
 この付近で育ったという福山和人弁護士(京都弁護士会)が案内してくれました。ありがとうございました。
(2022年4月刊。税込1320円)

  • URL

2022年11月 9日

統一教会とは何か

社会


(霧山昴)
著者 有田 芳生 、 出版 大月書店

 2022年7月8日、奈良市の大和西大寺駅前で安倍晋三元首相が銃撃を受け暗殺された。その映像は生々しく、警察の警備があまりにスカスカだったことにも驚かされました。容疑者は特定の宗教に恨みがあったからと供述していると報道されましたが、参院選の投票日(7月10日)のあとになって、ようやく、統一協会がらみだと報道されはじめました。
 この本では「統一教会」となっていて、一般の報道もそうなっていますが、正式名称は統一協会ですから、「教会」ではないのです。あたかもキリスト教の教会の一種かのような誤解を与えようとしているのに乗せられてはいけません。なので、私は「協会」とします。
 日本の警察も、オウム真理教の次は統一協会だとして情報収取を始めていたそうです。それがいつのまにか、「天の声」によって雲散霧消してしまったのでした。要するに、「政治の力」がかかったのです。文科省が下村博文大臣のとき、名称変更を急に認めたのと同じです。安倍―下村ラインは、それまで拒否され続けていたのに名称変更を受理しました。
 統一協会の信者に若い女性が多いのは、「堕落論」に惹(ひ)かれるほど、日本社会に歪みが多いということの反映だ。
 統一協会に入る若者には、何でも受け入れてしまう性格で、それが本当かどうかを他の方法で確認せず、論理よりも感覚的という共通点がある。
 統一協会への入信テクニックは強烈で、個人のニーズに合わせて多様だ。
 統一協会の信者をやめるときのポイントは、本人が自分の頭で考える姿勢になること。
 ノルマは1日に3万円。人を騙しているという罪悪感は一切ない。すべてはお父様のため、地上天国実現のため。早朝から深夜まで、押しつけ的なモノ売りに走らされます。
 統一協会を離れたりしたら、家族や先祖が霊界でどんなひどい目にあうか分からない。だから、どんなに辛くても、逃げ出すわけにはいかない。こんなひどい心境に置かれています。
 お父様(文鮮明)は、不本意ながら、ぜいたくな生活をしていらっしゃる。信者(食口。くっく)は、北朝鮮の人々より高い生活水準をもつと、霊界からのしっぺ返しをくうことになる。
 いやはや、文一族のぜいたくざんまいは「不本意」だと思わされているのですね、アベコベです。
 合同結婚式のあと、4割くらいのカップルが実際には破綻していると言われている。家庭を大切にと言いながら、自分たちは実践してもいないのです。
 統一協会は国会議員の選挙を応援するに際して、議員(候補者)本人に確認書にサインさせています。
 ①統一協会の教養を学ぶためセミナーに出席する。②国際勝共連合系であることを認める。③統一協会を応援するというもの。
 そして、統一協会は議員秘書養成所で教育した若者たちを自民党の議員秘書として送り込んでいるのです。統一協会秘書軍団が議員を動かし、自民党を動かしています。
 韓国人が人間であるのに対して、日本人は、パンくずを拾う犬の立場、乞食に等しい存在だ。文鮮明の前に、日本の天皇はひざまずく存在だ。日本は韓国に仕える国であり、いずれ世界の言語は韓国語に統一される。
 こんな極端な韓国中心主義、いわば「反日」の典型の教団と安倍派を筆頭に自民党の国会議員たちが文鮮明と韓鶴子夫婦を最大限もち上げてきた(いる)のです。信じがたい、また日本人として許せないことではないでしょうか...。
 統一協会のいわば僕(しもべ)として活動してきた萩生田議員(自民党の政調会長)、細田衆議院議長が議員辞職することもなく、ひたすら、ほとぼりのさめるのを待っているなんて、日本の政治の醜悪の極致です。いま広く読まれるべき本です。
(2022年10月刊。税込1650円)

  • URL

2022年11月10日

アフガニスタン・ペーパーズ

アメリカ


(霧山昴)
著者 クレイグ・ウィッロック 、 出版 岩波書店

 アフガニスタンを軍事的に支配しようとして、アメリカは完全に失敗してしまいました。ソ連(ロシア)の手痛い失敗をアメリカもそのまま繰り返したのです。
 アメリカはオサマ・ビン・ラディンの無法な暗殺には成功しましたが、アフガニスタンという国との関わりにおいて失敗の連続でした。要は、軍事力とそれをバックとしたお金の力では国民を長く治めることはできないということです。ソ連の失敗がそれを証明していたのに、自分ならもっと軍事的にうまくやれるとアメリカは考えていたようです。でも、まったくそのアテは外れてしまいました。
 そこで、アメリカはどうしたか。徹底的に真相を隠し、国民に嘘をつき続け、多くのマスコミもそれに加担したのです。本当に残念な状況がアフガニスタンでは続いています。
 アメリカは20年以上のあいだに77万5千人以上のアメリカ軍兵士をアフガニスタンに配置した。そのうち2300人以上が現地で死亡し、2万1千人が負傷して帰還した。この戦争費用は公表されていないが、1兆ドルを超えているとみられている。
 著者はアフガニスタンに派遣された退役兵士600人以上にインタビューして、その成果をこの本にまとめました。
 当初のアメリカ軍は予測以上に勝利した。ところが、やがて、「終わりの見えない展開」に陥った。2001年12月の時点では、アフガニスタンにいるアメリカ軍兵士は、わずか2500人だけだった。アメリカは、誰と戦っているのかはっきししない(させない)まま、戦争に飛びこんだ。
 アメリカ軍はアフガニスタン現地で、一般のアフガニスタン人と悪者を区別するのに苦労した。だから、住民に向かって無差別銃撃も出来た(した)のですね。恐ろしいです。
 タリバーンの関心は完全に地元にあった。タリバーンの支持者のほとんどは、アフガニスタン南部と東部に住むパシュトゥン人に属している。
 アメリカがタリバーンの活動と呼んでいるものは、実際には部族的なもの、抗争、古くからの確執だった。
 アフガニスタンでの戦争がこんなに長引いた理由の一つは、何が敵に戦う動機を与えているのかを、アメリカは本当の意味でまったく理解していなかった。
 アメリカは、アフガニスタンにおいても、7万人から成る軍隊を創設しようと試みた。ところが、このプロジェクトは、その見かけとは真逆に、最初から失敗していた。
 アフガニスタン人の新兵は、数十年にわたる混乱のなかで基礎教育が受けられなかった。8割近くが読み書きできず、数を数えられなかったり、色が分からなかったりする。単純なコミュニケーションですら、支障をきたした。アフガニスタン人兵士には、基本的な戦闘スキルがなく、絶えず再訓練が必要だった。
 アメリカは、35万2千人のアフガニスタン治安部隊を訓練・維持し、22万7千人を軍隊に入れ、12万5千人を国家警察に所属させた。そのための資金を提供した。
 アフガニスタン軍を訓練するのは難しかったが、国家警察を創設する試みは、さらに大きく失敗した。その給料が少なかったこともあり、多くの警察官は、保護するはずの人々から賄賂を強要する、ゆすり屋になった。
 タリバーンには3種類ある。その一は、過激なテロリスト。その二は、自分たちだけのために参加している。その三は、他の二つのグループの影響を受けた貧しい無知な人々。
 かなりの数のアフガニスタン人は、タリバーンを軍閥と比較してよりましなほうだと認めた。
 ケシの根絶作戦は、政治的つながりや賄賂を支払うお金をもたない貧しい農民に打撃を与えた。疎外された極貧の人々はタリバーンの新兵になっていた。
 タリバーンの弟がアメリカのプロジェクトを爆破し、それから、何も知らないアメリカ人は兄にお金を支払って再建させる。
 アフガニスタンにおける腐敗の唯一最大の発生源は、アメリカ軍の広大な供給網。資金の18%がタリバーンと他の反乱勢力に渡っている。
 2009年から2011年のあいだに、アメリカ軍がアフガニスタンに増派されると、民間人の年間死亡者数は2412人から3133人に増加した。殺害された民間人は5年間で53%も急増している。アメリカと同盟国は、ひどく負けたのだ。
 アメリカ軍は、実のところ、敵を訓練しているようなものだった。ブッシュ・オバマと同じく、トランプはアフガニスタンで勝つという約束を果たすことができなかった。
それにつけても思い出されるのは中村哲医師とペシャワール会の偉業です。鉄砲や戦車ではなく、スコップとシャベル、そしてユンボなどの平和産業こそが国を再建する手助けになるということだと思います。
(2022年6月刊。税込3960円)

  • URL

2022年11月11日

人質司法

司法


(霧山昴)
著者 高野 隆 、 出版 角川新書

 カルロス・ゴーンの弁護人として、その保釈をかちとりました。保釈中に被告人が逃亡して裁判が中断してしまったのはご承知のとおりです。
 著者は2人目の弁護人になったとき、必ず保釈をかちとると決意していました。
 保釈をかちとるための秘策を本書で改めて知りました。私の想像を絶します。
 著者はアメリカ留学の経験もあり、英語は堪能です。
 拘置所での初回面会のとき、「あなたを保釈で釈放させることを約束します」と断言しました。すごい自信です。著者には、前に、こんな条件で保釈を裁判所に認めさせた経験があるとのこと。
 2週間で13人の証人尋問を行うという連日公判のとき、被告人と同じホテルの隣室に宿泊することを条件として、公判前に保釈を認めてもらった(百日裁判が適用される公職選挙法違反事件)。
 被告人を法律事務所の事務職員として雇い入れ、弁護人の貸与するパソコンとケータイ以外は使用しないこと。
 いやあ、すごいです。もちろん、どちらも否認事件でした。著者も、これらは「最後の切り札」であり「禁じ手」であるとしています。危険と隣あわせの手法です。カルロス・ゴーンについても、これを使って成功し、107日ぶりに釈放をかちとりました。
 そのときの保釈請求書は、添付資料をあわせて180頁という大部なものです。
 裁判官と何度も交渉し、説明し、ついに保釈保証金10億円で保釈が認められた。いやあ、すごいですね。初回面接のときの約束を果たしたのですから...。
 日本で、こんな厳しい条件を課さなければ保釈が認められないという司法の現状について、著者は鋭く批判しています。しごく当然です。まさしく、これは人質司法のカリカチュア(戯画)でしかありません。
 アメリカの司法だったら、工学の保証金を積んでさっさと身柄は外に出て自由の身となり、弁護人と思うように折合せができているはずなのです。
 著者は、「禁じ手」であることを認めたうえ、「非常手段」として選択したと強調しています。よく分かります。
 カルロス・ゴーンは、その後、再び逮捕されましたが、著者ら弁護人のすすめでほとんど完全黙秘を貫いたようです。
 著者は、黙秘権について「沈黙する権利」ではないと強調しています。ええっ、ど、どういうこと...。黙秘権は、単に「沈黙する権利」ではなく、強制的な専制手続、取調べ受忍義務を課したうえでの尋問を根絶するための制度だというのです。なーるほど、ですね。さすが、です。
 「ミランダの会」以来の実践活動に裏打ちされている指摘ですので、重みが違います。
 著者は人質司法を改善するためには、取調べ受忍義務を即刻廃止すべきだとしています。
 日本では、罪を争う被告人が第1回公判前に釈放(保釈)させる可能性は1割しかない。これに対してアメリカでは、重罪で逮捕された容疑者の62%は公判開始前に釈放される。保釈が拒否されるのは6%にすぎない。
 欧米でされている取調べは、ほとんど1時間以内で、通常は20~30分ほど。これくらいの時間なら、弁護人は取調べに立会して、捜査官が無理な自白を強要することを防止できる。つまり、取調べの弁護人立会を「権利」として確立するためには、取調べ受忍義務を否定する必要がある。
 著者は、むしろ自白した被告人の保釈を認めないようにしたらどうかと提起しています。自白しているから証拠隠滅の動機や危険性がない、という。その論理は、自白していない被告人には罪証隠蔽の動機や危険性があるという発想につながるので、よろしくないと言うのです。また、逃亡した被告人に対する欠席裁判は可能にすべきだと主張しています。
 カルロス・ゴーンの逃亡によって、日本の人質司法の問題は鮮明になったというのです。さすが、さすがです。大変勉強になりました。
(2021年6月刊。税込990円)

  • URL

2022年11月12日

猿蟹合戦の源流、桃太郎の真実

人間


(霧山昴)
著者 斧原 孝守 、 出版 三弥井書店

 東アジアから読み解く五大昔話、というサブタイトルのついた、とてもとても面白い本です。まるで期待もせずに読み始めたのですが、なんとなんと、あまりに面白くて、電車の乗り過ごしに気をつけたほどでした(実際には終点まで行くので、心配無用なのですが...)。
 サルカニ合戦、桃太郎、舌切り雀(スズメ)、かちかち山、花咲か爺という、日本人なら誰でも知っている(はずの)昔話について、そこに登場するキャラクターや物語の構成、話の背景を東アジアの諸民族に伝わる類話と比較し、異同を明らかにして誕生の源を検討していきます。うひゃあ、こんなに似た話が世界各地にあるんですね。たまげました。
 サルカニ合戦に登場するカニは、実はハサミの毛が深いモクズガニ。モクズガニが水中にいるとき、そのふさふさした毛は、まるでサルの毛のようだという。その類似性から話が出来ている。そう言われて、彼らの写真を見ると、まさしくそうなんです...。
 舌切り雀は、もともと継母に舌を切られて殺され、鳥と化した継娘が異界に飛び去り、実父たる爺が異界に娘を訪ねていく話だったのではないか...。ふむふむ、そうなんですか。
 サルカニ合戦で、助っ人の面々の果たす機能は、かみつく、刺す、破裂する、滑らせる、圧迫するなど。これは海外でも同じパターンが認められる。中国には、助っ人の敵討ちが、待ち受け型もあれば、旅立ち型もある。
 中国西南部に住む人口20万人ほどの少数民増であるムーラオ族には、こんな昔話がある。
 ウサギが桃を食べ、その種を埋めると芽が出て桃の木になる。やがて、桃の実がなったので、ウサギはサルに桃の実をとってほしいと頼む。ところが、サルは自分ばかりが桃の実を食べる。それを聞いた亀がサルをやっつけてやろうという。また、ミツバチ、そしてリスとセンザンコウも同じようにサルをやっつけてやると言う。ウサギは信じられない。ところが、サルがやって来ると、亀の背中を踏んで、よろめき、リスとセンザンコウの掘った穴にはまる。サルが穴から出ようとすると、センザンコウがかみつき、樹の上のリスは松ぼっくりをサルに投げつける。そして、ミツバチがサルの尻を刺し、センザンコウがサルの長い尾をかみきってしまう。ついにサルは逃げ出してしまう。
 なるほど、これはサルカニ合戦とまったく同じようなストーリー展開ですよね。
 桃太郎のキビ団子の話については、助っ人に何らかの食物を与えることが、今の私たちの想像する以上に重要な意味をもっていたようだ。
 桃太郎の話には、役に立つ助っ人だけでなく、実は役に立たない「お供」がいることもある。なぜ、役に立たない「お供」をわざわざ登場させたのか...。
 舌切り雀(スズメ)に似たようなものとして腰折れ雀の話がある。雀が善良な者には富を与え、危害を加えた欲張りな者には罰を与えるという点で、この二者は共通している。東アジアから中央アジアにかけて広く伝わっている。なぜ、スズメなのか。中国やミャンマーでは、同じような話がスズメではなく、カラスになっている。ロシアのアムール河ぞいに住むツングース系の漁撈民ナーナイにも同じような話が伝わっている。そして、アイヌにも...。
 カチカチ山では、タヌキが爺に婆汁を食べさせる。アメリカ大陸中央部に住む平原インディアンに属するアラパホ族の伝承するストーリーがまったくよく似ている。それは、子どもを調理して母親に食べさせるところだ。中国南部の山中で牧畜をしている人口2万人ほどの少数民族であるユーグ族にも、子どもの肉を母親に食べさせるという「婆汁」の発想がある。
 桃太郎の話は、結局、サルカニ合戦の一種にすぎない。うむむ、なーるほど、そうかもしれないと思えるようになりました。少数民族の昔話を採集して、それらを比較し検討するというのは大変に苦労の多い作業だと思います。それをしっかりやっていただいているおかげで、本書のような深い意義のある本に出会えました。ありがとうございます。
 日中間に不穏な空気まで漂うなかではあり、平和的共存が大切なことも実感させてくれました。ご一読を強くおすすめします。
 
(2022年6月刊。税込3080円)

  • URL

2022年11月13日

若葉荘の暮らし

社会


(霧山昴)
著者 畑野 智美 、 出版 小学館

 40歳以上の独身女性というのが入居条件となっているシェアハウスに入居するようになり、そこでの生活にいつのまにか安らぎを覚えるようになる主人公の日常生活が描かれています。とくに何か大事件が起きるわけではありません。
 主人公は一度も結婚したことがなく、ずっと独身。それでも、彼氏はいたのです。ところが、なんとなく踏み切れないまま別れてしまったのでした。仕事は、洋食屋のウェイトレス。小さな店なので、正社員ということではなく、アルバイト。
 ところが、コロナ禍で客が激減し、店の存続が心配になる。オーナー夫婦はいい人だし、従業員同士の人間関係も悪くはない。シェフ見習いは、新しいメニューを開発しようとしていて、試作品を店員みんなに持ち帰らせて、意見を求める。主人公もシェアハウスに試作品のコロッケなどを持ち帰って、その住人に意見を求めてみる。
 飲食店はコロナ禍の下、客が減って大変だ。主人公は、かといって簡単に転職するなんて考えられない。まったく移る先の宛(あて)がない。
 主人公が5年前までつきあっていた彼氏は、別の女性とも交際していて、結局、そちらを選んだ。浮気とか二股とかとは、少し違う。なので主人公は怒ってはいない。彼氏が対等に生きていける女性を人生のパートナーとして選んだ。そのことをとがめだてするつもりはない。今は、洋食店に客としてやって来る男性と交際してもいいかなとは思うものの、なかなか踏み切れない。
 彼氏とは別れる直前までセックスもしていたけれど、それは特別なことではなくて、日常的な行為だった。セックスは、若いときほど貴重でないというが、そんなに大事にすることなのかなという感じ。経験した人数は、そんなに多くはないし、どちらかというと少ないとは思うけど、ひとりとしか寝ないということでもない。もっと色んな人と寝ておけば良かったと考えることもある。
 もう子どもを産むこともないだろう。そうすると、セックスになんの意味があるのか、悩んでしまう。これから彼氏ができたとして、なんのためにセックスするのか...。それが愛の証(あかし)と言えるような、重要なことには思えない...。
 これが40代の独身女性の心境なのでしょうか...。
 このシェアハウスは、もとは学生向けのアパートだった。それを改装して、台所と風呂場とトイレを共有スペースにして、40歳以上の独身女性限定のシェアハウスにした。
 学校でちゃんと勉強してきた人と、そうでない人で、ベースが違うと感じたことがあった。中学生や高校生のときに、まったく興味がもてないと文句を言いながらも暗記した日本史や世界史、なんの話をしているのか分からないと思いながらも考え続けた生物や化学や物理、見るだけで頭が痛いと感じながらも解き続けた数学。役に立ったとはっきり思えるような出来事があったわけではないけれど、たしかに覚える力や観察する力、そして考える力が養われていたのだ...。
 女性にも、男性にも、それぞれ抱える問題がある。本来は、政治がどうにかしていくべきことなのだろう。でも、それを期待できるような国でないことも、分かっている。声を上げることは必要だ。でも、変わることを待つばかりでなく、自分たちで助けあう方法も考えなくてはいけない。
 いろいろ、しみじみと考えさせられるストーリー展開でした。
(2022年9月刊。税込1980円)

  • URL

2022年11月14日

桜ほうさら

江戸


(霧山昴)
著者 宮部 みゆき 、 出版 PHP研究所

 江戸時代、江戸随一の料理屋として名高い「八百善」は、店で客に供する料理について、その四季折々の献立を文章だけでなく、図にし、彩色版画を添えた「料理通」なるシリーズ本を刊行していたというのです。圧倒されますよね。まるで、現代東京のレストランや寿司店をミシュランが評価してガイドブックに仕立てていようなものです。彩色版画つきというのですから、精巧なカラー写真で料理が紹介されているのと同じほどの効果があったことでしょう。
 もう一つ、文化文政時代の江戸では朝顔が大流行しました。いろんな朝顔を掛け会わせて、変わった色や形の朝顔の新種をつくり出そうと、人々が必死になったのです。もちろん、この本には、そんな朝顔の色や形は紹介されていませんが、別の本でみると、それこそ奇妙奇天烈、あっと驚くしかない朝顔の変種が次々に生み出されたのでした。
残念ながら、今日には残っていません。でも、私には、昔ながらの色と形が一番です。
主人公の父親は、ある日突然、藩の御用達(ごようたし)の道具屋から賄賂(まいない)を受けとっていたと訴えられました。まったく身に覚えのないことなのに、証拠の文書があった。本人が見ても自筆としか思えないもの。ついに、身に覚えがないことながら、白状するしかなかった。役職を解かれ、蟄居(ちっきょ)閉門を命ぜられた。屋敷の周辺には竹矢来(たけやらい)が巡らされ、見張りの番士が立った。
さて、この冒頭のエピソードがどのように展開していくのか...。さすが、宮部ワールドです。
話は、江戸での、のどかな長屋生活に転じたかと思うと、次第にミステリーじみてきます。
いやはや、いったい、これはどんな結末を迎えるのか、さっぱり見当もつかないうちに、どんどん人が殺されていき、事件の真相に近づいていくのでした。
相も変わらず、見事なストーリー展開です。600頁の大作ですが、読後感は、なるほど、そういうことだったのか...、と謎解きに感心しつつ、後味の悪さはあまりなく、読み終えることができました。パチパチパチ...。久しぶりの北海道旅行の機中・車中で読了したのです。
(2013年3月刊。税込1870円)

  • URL

2022年11月15日

民衆とともに歩んだ山本宣治

日本史(戦前)


(霧山昴)
著者 宇治山宣会 、 出版 かもがわ出版

 この10月半ばに宇治にある山宣(やません)のお墓と、山宣の子孫の営む「花やしき」に行ってきました。前から、ぜひ行ってみたいと思っていたのです。宇治の有名な平等院のすぐそばでした。今度は平等院のほうにも行ってみたいと思います。
 山本宣治(やません)は、1989年に生まれました。両親は京都の心境極で「ワンプライスショップ」の屋号で輸入品にアクセサリーや化粧品を売っていました。店は繁盛していたようです。幼いころから身体の弱かった宣治の健康を案じて、環境の良い宇治に600坪の土地を買って別荘を建て、宣治をそこに住まわせました。広い庭に四季折々の花が咲くので、近所の人から「花やしき」と呼ばれるまでになったのです。そして、宣治少年は元気になり、日本を抜け出してカナダに留学したのでした。
 カナダで、山宣は必死に勉強しましたが、そのなかに、社会主義の本も入っています。
 日本に帰国して、東京帝大の動物学科に入学。そして、大学を卒業したあとは、民衆のための産児制限運動にも取り組みはじめました。そして、労働者教育の運動にも関わります。
 1928(昭和3)年2月に普通選挙が実施されました(女性は参政権がありませんでした)。このとき、山宣は、無産政党(労農党)から出て1万4千票あまりを得て、当選したのです。
 山宣が国会議員として、治安維持法で検挙された人々に対する拷問を国会で具体的に示しながら、政府の責任を鋭く追及しました。国会で治安維持法の改正が審議されるころ(1928年1月ころ)、山宣は親族に次のように言いました。
 「治安維持法に反対するのは自分ひとりだから、危険だ。こんどはひょっとしたら殺されるかもしれない」
 そして、1929年3月5日、神田の「共榮館」にやって来た右翼の男に短刀で切りつけられて命を落としたのでした。
 山宣の墓には、「山宣ひとり孤里を守る。だが僕は淋しくない。背後には多数の同志がいるから」と刻まれています。しっかり見てきました。山宣が殺されたのは39歳のときで、4人の子どもがいました。本当に権力とはむごいことをするものです。でも、山宣の思いは、その後も脈々と生き続けています。私も決して忘れません。
(2010年2月刊。税込1257円)

  • URL

2022年11月16日

村の公証人

ヨーロッパ

(霧山昴)
著者 ニコル・ルメートル 、 出版 名古屋大学出版会

 近世フランスの地方に住む公証人テラードたちの生活を記録した家政書を紹介した本です。ときはアンリ4世からルイ13世のころ、1600年前後ですから、日本では関ヶ原合戦(1600年)の前後にあたります。つまり戦国時代の末期で、江戸時代初期のころのフランスです。
 場所はフランスの中心部のバ・リムーザン地方、その北部のフレスリーヌの村です。
 主人公のピエール・テラード1世は1559年に生まれ、1628年に69歳で亡くなりました。
 ピエールは村の公証人であり、書記であり、魔術師(シャーマン)だった。
 ピエールは、文字を書く技量に熟達した。文字を自在に書くことで、農村の名士をして頭角をあらわした。そして、隣人やイトコたちに貸付を繰り返して所有地を広げていった。貸し付けたのは金銭だけでなく、穀物や家畜もあった。1601年4月から翌1602年12月までに114回の貸付けを行っていて、このうち77回はライ麦の貸付けだった。
 この当時、宗教戦争の終結は、多数の農民が借金の重圧に押しつぶされて没落する事態を生み、所有地の集積を促進した。借金で首が回らなくなった債務者たちは財産を失った。ただし、彼らは先祖伝来の所有地の上で暮らし、自分たちの土地を耕し、その地は依然として、彼らの家名を冠している。彼らは追い出されることはなかった。それでも所有者としての地位は喪失した。収穫物折半による土地賃貸借が、この地方ではあたりまえ。家畜と農具を提供するのは土地所有者。家畜は投資目的で運用する。土地は、3分の1が耕作地で、3分の2が雑草地や放牧地。牧畜は重要性が高い。高地の荒野では羊の群れだけが生きていけるので、ここでは羊が圧倒的に多い。
 ここでは狼との戦いは、ありふれた現実である。しかし、危険はそれだけではない。家畜伝染病も怖い。1頭のメス牛は、数頭のメス羊よりももうかる。ソバは、ライ麦のような麦角病はなく、貴重な自家消費用穀物だ。
 家名を安定化するため、兄弟経営団を更新する。災難をできるだけ避けるには、複数の人数が得策だという打算にもとづいている。
 女性は、慣習法によって、まったく自由に相続人を指定する権利をもっている。用益権を自らの手元に留保しながら、自分の全財産を一人の相続人に譲渡することもできる。
 農民の世界では、夫婦財産制が非常に普及していた。原則として、新婦(妻)は、遺言により持参金を譲渡できる。これが、家族集団内における新婦の力の要因となっている。
 新婦に持参金は、しばしば婚家の借金返済に充当される。そして、婚姻関係が解消されると、持参金は原則として「妻」側に返還される。
 新しい家庭の懐(ふところ)に入った持参金は、災厄の折に利用できる資本としての価値しかない。家族にとって新婦の持参金とは、危機的な財政難を立て直したり、それまでの債務の相殺を容易にしたり、ときには土地の購入に投資するのに、とりわけ有用だった。
 潤沢な持参金をそなえを娘であれば、相続人の妻の座は射程のなかにある。
 2番目の結婚から生まれた娘たちは母親の権利と父親の遺留分だけである。
 職業訓練は、子どもたちの出生順による。長男は文字を書く訓練をし、公証人の官職を継承して共有財産を管理しなければならない。次男も文字を書く訓練をし、長男の代わりを務める可能性と家族集団に奉仕すべく司祭になる可能性に備える。三男以下は、意欲と適性があれば文字を習うが、それは破局的な人口減少が起きたとき、自分に財産の相続権が生じるかもしれないからだ。娘たちは、文字の習得をしないが、この措置もタブーでなくなるのは遠くない。
 読み書きができることは、法律専門家になるためだけでなく、聖職につく条件でもある。司祭になるのは、個人の意向より、一家の決断が優先する。その全権は家長に委ねられている。
 公証人は、人口1000人から1500人につき1人の割合でいる。公証人は、家庭や村落における社会の安全装置だった。
 344頁もの大作ですが、近世フランスの公証人であり、農民である人の記録から、この当時のフランス人の生活の全体像が浮かびあがってくる気がしました。少々値がはりましたが、読んでなるほどと思いました。やはり、いつだって読み書きは必須なんだねと実感もしました。
(2022年5月刊。税込6380円)

  • URL

2022年11月17日

追跡・間宮林蔵探検ルート

ロシア


(霧山昴)
著者 相原 秀起 、 出版 北海道大学出版社

 北海道の北、かつては日本領だったサハリンが大陸とは別の島だというのを探検して確認した間宮林蔵の足跡を北海道新聞の記者がたどったのでした。サハリンと大陸との間は今も間宮海峡と呼ばれています(今のロシアでも呼んでいるのでしょうか...?)。
 間宮林蔵がサハリンを探検したのは1808(文化5)年から翌年にかけての2年間。そのとき間宮林蔵は30歳前後。そうなんですね、やはり若さが必要ですよね。
 伊能忠敬は50歳台から日本全国を歩いて測量しましたが、寒さの厳しさが格段に違うサハリンには、やはり若さが不可欠ですよね。
 伊能忠敬は、北海道の大部分を間宮林蔵の測量を基にしているそうです。
 北海道新聞の記者である著者は、北海道大学(北大)探検部出身とのこと。すごいですね。
 間宮林蔵が現地で実測して作成した地図は、現代の衛星データを利用してつくった地図と比べても遜色がないほどの正確さがある。
 いやあ、実に、これって、すごいことですよね。基本は人間の足ですからね...。
 間宮林蔵の描いた絵は、まるでドローンを飛ばして見たように、一定高度に視点を置いて、俯瞰(ふかん)するように描いた。間宮林蔵は、上空から見た風景を想像して絵を描いている。すごい、すごーい。
 当時、サハリンの村では女性の力がすごく強かった。女性上位の村で、女性からの誘惑を間宮林蔵はなんとか拒絶して、村の男たちとのトラブルを避けた。僻地(へきち)で女性問題を起こすのは、探検家や冒険家にとっては、今も昔もタブーなのだ。なるほど、そうなんでしょうね...。
 現在、サハリンでは犬ぞりはまったく姿を消して、スノーモービル全盛だ。日本のヤマハ製が人気だ。
 サハリンには、アイヌの子孫だという「ワイサリ」と名乗る人々が住んでいる。
間宮林蔵はアイヌの集落でアイヌの女性と結ばれて、女の子が生まれ、北海道に子孫がいるそうですが、その名前は「間見谷」です。そして、東京と茨城県にも間宮家が続いているそうです。
 この本は、北大構内の売店で購入しました。北大では、久しぶりにポプラ並木も見学しました。
(2022年4月刊。税込2750円)

  • URL

2022年11月18日

小さな労働組合、勝つためのコツ

社会


(霧山昴)
著者 鈴木 一 、 出版 寿郎社

 今の日本社会ほど労働組合の存在が忘れられている時代はないように思えます。
 著者は、あとがきに次のように書いていますが、まったく同感です。
 先進資本主義国のなかで、日本ほど実質賃金の下がった国はない。その原因は、労働運動が弱くなったことにある。労働組合の多くが、企業で不祥事が起きても、それを告発したり防止しようとはせず、ただ傍観するだけの「名ばかり組合」になっている。政府や資本を牽制・対峙するような労働運動が日本にほとんどなくなった。
 そして、このような状況を打破するため、著者はその32年間の血と汗、苦労のエッセンスをこの本に実例とともに分かりやすくまとめました。いわば労働相談の手引書です。
 著者は、これまで150をこえる職場で労働組合を結成したというのです。すごいですね。そして、その8割で組合つぶしの不当労働行為が発生して、たたかったのでした。
 労働組合の結成を成功させるコツは、組合員に労働者の権利と不当労働行為制度を理解させること。当事者が腹をくくり、専従オルグがしっかりサポートすれば、職場での多数派を直ちに形成するところまでいかなくても、組合結成は必ず成功する。
 組合員がパニックに陥らないように、あらかじめ対策を立てておく。会社側が表の顔と裏のそれを使い分けているようなときには、裏で何を企むのか、想像力を働かす必要がある。
 団体交渉では、ハッタリにひるまないようにするのが肝心。団体交渉は、格闘技であり、相手をどう抑え込むかにかかっている。
 何の計画性もなく、ただ「その場で思いついた」という争議行為はとても危険だ。
 32年間ものあいだ、労働組合づくりと団交等に生き甲斐をかけた日々を振り返って後進に自分の経験から学べるものを伝えるべく、整理しています。とても実践的かつ分かりやすい本です。どうぞ手にとって読んでください。
(2022年10月刊。税込1980円)

  • URL

2022年11月19日

もえる!いきもののりくつ

生物


(霧山昴)
著者 中田 兼介 、 出版 ミシマ社

 いろんな生き物をめぐる不思議な話が満載です。
 托卵(たくらん)とは、たとえば、カッコウは自分で巣をつくらず、違い種類の鳥の巣に卵を産みつける。 托卵される側が、なぜ他人の子を受け入れるのか...。
 托卵を受け入れたときにはあまりない、コウウチョウによる襲撃が半分の巣で起きた。これは、みかじめ料を要求し、それを拒否した店をめちゃくちゃに壊してしまうマフィアのやり方にそっくり。ええっ、そういうことなんですか...。
 ミツバチはゼロが分かるという実験にも驚かされます。
 ミツバチは、1から4までの数を区別できる。そして、何もないという状態は、1、2、3より小さい数、つまりゼロとして扱っている。
すごいですね、学者って、いろんな実験手法を次々に考え出し、比較検討して成果をひとつひとつ積みあげていくのですね。本当に尊敬します。
 子ブタたちは戦ごっこで遊んでいると、大きくなって、誰が強いかを決めるための本当のケンカをしたとき、メスは勝者になることが多い。ところが、オスの場合は真逆で、子ブタ時代によく遊ぶと、大人になってケンカに負ける。ええっ、よく遊ぶと、ケンカに弱くなるなんて、信じられません。
 新聞に連載されていたもののようですが、とても面白い本でした。
(2022年7月刊。税込1980円)

  • URL

2022年11月20日

三国志名臣列伝・魏篇

中国


(霧山昴)
著者 宮城谷 昌光 、 出版 文芸春秋

 著者の中国古典ものはかなり読んでいますが、いつも、その豊富な知識量に圧倒されてしまいます。もちろん著者の尽きせぬ想像力も大きいのだとは思いますが、登場人物の性格描写をふくめて、ことこまかな情景描写によって、頭の中に宮城谷ワールドをこつ然と思い浮かべることができるのです。すさまじい筆力です。
 ときは三国志の時代です。ですから曹操や劉備などがもちろん登場します。でも、本書は「名臣列伝」ですので、彼らを支えた「名臣」たちが次々に登場して目の前で大活躍します。
 曹操の奇策や奇襲は、兵法書を読んで発想したのではないか、そう考えている曹真に対して、曹遵は、「兵法書なんか読むな」と言った。兵法書には、薬もあるが、毒もある。主(あるじ)の才能は、そこから薬を取り出すことができること。主の才能に及ばない者は、かえって毒にあたって、兵を失い、身を滅ぼしてしまう。
 戦場は臨機応変の場だ。知識をひけらかす場ではない。兵法書の教えにしばられた者は叩きのめされることがある。戦場は巨大な生き物の背に乗っているようなもので、刻々と変わる戦に勝つためには、軍をひとつの大家族にする。兵士を弟や子のようにいたわり、結束を強靭(きょうじん)にし、しかも将軍の手足のように使えるようにする。すると、兵士は将軍を父のように仰ぎ、水も火も恐れずにすすむ。
 そのためには、兵士が食べ終わるのを待って、将は食べはじめる。兵営に戻るときも、兵士を先に入れる。就眠についても、すべての兵士が眠ったあと、将は眠る、
 いやあ、そこまでやるものなんですね...。
 相手を説得するときに用いる言葉には、適度な重みと浸潤(しんじゅん)性があり、相手の胸の深いところに届く。その言葉は人格から発し、信念の強さをともなっている。
 うむむ、相手を説得するには、こんな要素が欠かせないのですね...。
 『三国志』を久しぶりに読みたくなりました。血、湧き、肉、踊る。冒険小説のように、ひところ、はまってしまいました。私の中学生のころだったでしょうか。
(2021年9月刊。税込1870円)

  • URL

2022年11月21日

カタニア先生は、キモい生きものに夢中!

生物


(霧山昴)
著者 ケネス・カタニア 、 出版 化学同人

  鋭い感覚の奇妙な鼻をもつホシバナモグラが真っ先に登場します。
なに、何、このイソギンチャクみたいな鼻が、いったい何のために地中を掘って生活するモグラにあるのかな...。こんなヒラヒラするものが鼻の先について、地中を掘り進むのに、いったい邪魔にならないのかしらん。うむむ、どう考えても不思議だ、フシギ。
ホシバナモグラは、モグラの一種なのに泳ぎが得意。北アメリカのもっとも寒い地域で、冬眠もせずに生活している。
ホシバナモグラの鼻の「星」は嗅覚器官ではなく、触覚受容器。ホシバナモグラの鼻の先の星には、ヒトの手の触覚神経線維の6倍が集中している。
ホシバナモグラは、恐らく、地球上でもっとも高感度であり、高解像度の触覚系だ...。
ホシバナモグラは、世界一食べるのが速い哺乳類。これはギネス世界記録として認められている。ホシバナモグラは、小さくしてじっとしている獲物を、瞬時に見つけて食べる。しかし、高速移動する相手を追いかけて捕まえるのは、まるで下手。
魚は「見たものを信じる」のではなく、「聞いたものを信じる」。魚の聴覚は実に速い。
平原にすむミミズを捕獲する。そのためには、鉄の棒を地中20センチまで打ち込む。それから、杭の頂上を鉄の棒でこすりはじめた。低い振動音が土のなかに反響し、森中に広がる。すると、まもなく巨大なミミズが地面にはいあがってくる。モグラが掘りすすんで近づくと、ミミズは地表に逃げている。
次は獲物を麻痺(まひ)させてしまうデンキウナギ。強力な電気を、いったいどうやって発生させ、自分の身は損なうことなく獲物だけをしびれさせるなんて、まさしく神業(かみわざ)...。
デンキウナギは、全魚の体の動きのすべてをわずか3秒以内に一時停止させる。
エメラルドゴキブリバチは、ゴキブリを殺さず、一時的に麻痺すらさせなかった。このハチは、獲物となったゴキブリを何も考えずに従順に従うだけの奴隷にさせる。ゴキブリの胸部にハチは毒針を挿入する。毒針にあるセンサーを使い正確無比な第1弾をお見舞いする。ゴキブリは、生きたまま、ハチの幼虫に食べられる。ゴキブリは反撃もせず、ハチの幼虫に生きたまま食べられる。
不思議、ふしぎ、フシギ...。世界は本当に不思議に満ち充ちています。
フシギをそのまま放置せず、不思議なものとして追跡を始めようと呼びかけている本でもあります。
(2022年8月刊。税込2530円)

  • URL

2022年11月22日

自民党の統一教会汚染

社会


(霧山昴)
著者 鈴木 エイト 、 出版 小学館

 読めば読むほど腹の立ってくる本です。もう、ホント、つくづく嫌になります。これが日本の政権党の実体かと思うと、恥ずかしいやら、悲しいやら、いえ、はっきり言って、吐き気をもよおします。衆院議長の細田博之は依然としてダンマリを決めこんでいますよね。萩生田光一・政調会長も同じです。逃げきりを許してはいけません。ひどすぎます。
 統一協会(この本は「教会」としていますが、協会が正しいのです)の教義は、日本人について、「人間的に考えれば、許すことのできない民族」と決めつけ、原爆投下も引きあいに出して悔い改めを迫っているのです。
 文鮮明(元教主。故人)は、儀式のなかで日本の天皇を自分の前でひざまづかせました。その妻であり、絶対君主のように君臨している韓鶴子現総裁は、安倍元首相について、自分たちに侍(はべ)るべき存在とみて、「教えてあげ、教育しなければならない」としていました。
 安倍元首相や桜井よしこなどは「美しい国・ニッポン」などと声高に叫んできた(いる)わけですが、日本は韓国に隷従すべき存在であるから、贖罪(しょくざい)するのは当然のこと、莫大な献金をしても、まだ足りないという統一協会の教義とはまったく相反するはずですが、お金と票、そして「反共」の点で醜い手を結んだのです。
 この本は、自民党議員が、いかに統一協会と手を結んでいるのかについて、突撃取材も繰り返しつつ明らかにしています。大変貴重な労作です。発表以来の3週間で4刷というのも当然ですし、もっともっと読まれるべき本です。
 たとえば、自民党の北村経夫参議院議員は統一協会の組織票8万票を上乗せして当選したこと、その裏では、アベやスガが画策したことが明らかにされています。
 統一協会が日本の政治家へ働きかけ、抱き込みを図っている目標は、真(まこと)の父母様(文鮮明と韓鶴子)の主権によって日本という国を自由に動かすこと。人類の使命は、真の父母様の民となること、というのです。実に恐ろしい教義です。
 菅元首相は、首相官邸に統一協会の幹部たちを招待していました。これまた、とんでもないことです。
 そして、安倍内閣のとき、統一協会と関係の深い議員たちが次々に内閣や自民党の要職に抜擢(ばってき)されたのです。これまた驚くべき事実です。これは、今の岸田政権でも同じことです。その典型が萩生田政調会長でしょう。
 統一協会は日本は過去に間違ったことをした、とんでもない民族なので、自分をかえりみることなく(すべてを捨ててでも)、全てを惜しみなく(韓国の人々に)与えなければならないと教えています。もちろん、受けとるのは韓国の民衆ではなく、文鮮明・韓鶴子とそのファミリーです。その利権をめぐって、文鮮明の死後に、母親と息子たちとのあいだで醜い争いがあり、アメリカでは裁判にまでなったのでした。なにしろ、日本から韓国に送金された金額は毎年300億円以上(何十年と続いています)なのです。
 体当たり取材も重ねて自民党と統一協会との深い関係、その闇を明らかにしている大変貴重な労作です。300頁ほどの本ですが、怒りをおさえながら、1時間あまりで読みあげました。
(2022年10月刊。税込1760円)

 博多駅で映画「ザリガニの鳴くところ」をみてきました。原作はアメリカで2019年、2020年に一番売れた小説です。全世界で1500万部突破したというのですから、すごいものです。
 私は昨年読んで、まさしく圧倒されました。なので、もちろんこのコーナーでも紹介しましたし、本好きの人に勧め、感謝されました。
 ともかく自然描写がすごいのです。森の中、沼地で生活する、しかも家族がどんどんいなくなり、少女が一人で生きていくのです。
 ところが、世の中には蔑視するだけではなく、親切な人もいて、やがて学校に行かなくても読み書きが出来るようになり、ついには恋人までもつくれました。しかし、それが裏切られてしまい、ついに殺人の疑いで起訴される...。
 いやあ、原作ほどの感銘はありませんでしたが、すばらしい映像です。必見です。そして原作を読むことを絶対おすすめします。

  • URL

2022年11月23日

萩尾望都がいる

人間


(霧山昴)
著者 長山 靖生 、 出版 光文社新書

 萩尾望都は、先日、秋の叙勲を受けました。日弁連副会長をつとめた人と同じランクでした。私は国が勝手にランクづけするのはおかしいし、トップに位置づけられている日本の超大企業の社長連中がどれだけ日本社会に貢献したのか、大いに疑問なのです。でも、萩尾望都に関しては、マンガを通じて、大勢の子どもたちをふくめて大人まで、夢と希望と思索を与えてくれた功績は大だと考えています。
 本人だけでなく、父親も大牟田生まれだというのは初めて知りました。三池炭鉱の事務職員だったそうです。バイオリンを学んでいて、プロを目指したこともあるということも知りませんでした。
 母親との葛藤を描いた「イグアナの娘」は、何とも壮絶な母と娘の緊張関係をよくぞあらわしています。実は、私の母は萩尾望都の母親と女学校(福岡女専)の友だちだったので、母親は我が家によく来ていましたので、私は面識があります。なので、写真で見る萩尾望都の顔が母親そっくりなのを実感します。
 萩尾望都は天才だと私は考えていますが、この本によると、2歳のころから幼児離れした絵を描いていたとのこと。なるほど、そうだったのかと思いました。小学3年生からは絵画教室に通って、油絵も学んだとのこと。そして、福岡の服飾デザイン学校にも通っています。天才といっても、それなりに修練したのですね。
 「11人いる!」は、1975年の作品なので、SFブームの前、その先駆けだったのとこと。すごいですよね、この作品は...。
 萩尾望都は、物語の枠組みを、かなり緻密に構築してから描き始めるというタイプ。そうでないとありえないような伏線が冒頭近くから巧みに仕組まれていることが多い。うむむ、これまたすごいことです...。なかなかできることではありません。
 書き始めると、登場人物がひとりでに動き出していくのです。それをどうやってつじつまを合わせるのかに苦労するというのが、私のような凡人モノカキの課題というか、実情です。伏線どころではありません。ましてや冒頭近くに伏線をひそませておくなんて...。
 萩尾マンガにはムダがない。すべての絵、すべてのコトバがテーマにそっていて、意味をもち、ドラマは論理的に構成されている。読んで飽きることがない。繰り返し引き寄せられる。絵に込められた情報が圧倒的に多いからだ。なーるほど、そういうことなんですか...。
 竹宮恵子との確執は両者の本を読みましたが、やはりなんといっても萩尾望都のマンガのほうが上を行っていて、それに気がついた先達(せんだち)の竹宮恵子が嫉妬したということなんでしょうね。芸術家同士の火花が散ってしまったということなんだと思います。でもまあ、こんな裏話はともかく、出来あがって読者に提供された作品を素直に読んで面白いと感じたいと私は考えています。萩尾望都のマンガをまた読んでみたくなりました。
(2022年7月刊。税込1078円)

 日曜日の朝、フランス語検定試験(準1級)を受けました。昨年は自己採点では合格点をとっていたのに、不合格だったのです。とても残念でした。
 今年は雪辱しようと、1ヶ月以上前から朝晩、フランス語を勉強しました。朝はNHKフランス語のラジオ講座の書き取り、夜は30年間の過去問に繰り返し挑戦します。ともかく年齢(とし)とともに単語の忘却度が昴進しています。いつも新鮮なのに困ってしまいます。
 さて、結果は...。120点満点で71点でした。6割が合格ラインなので、ひょっとしたら合格しているかもしれません。
 ペーパーテストの次は口頭試問です。ぜひ受けたいのですが...。

 

  • URL

2022年11月24日

地球を掘りすすむと何があるか

宇宙


(霧山昴)
著者 廣瀬 敬 、 出版 KAWADE夢新書

 地球の地下を実際に掘ったときの最深は12キロ。わずかとしか言いようがありません。だって地球の半径は6400キロもあるのですから、1%にもなりません。
 そして、地球の内部の核、マントルは赤くなければ、ドロドロでもない。
 地球を12キロ以上に掘りすすめないのは、高温になるため。1キロメートル堀りすすむごとに30度上がっていく。ドリルの先端に取りつけたダイヤモンドは、実は熱に弱い。ダイヤモンドを使わない別の方法を考える必要がある。
 ダイヤモンドは、深さ150キロよりも深いところでしか出来ない。ダイヤモンドが出来るには、それだけ高い圧力が必要になる。
 地球の表面は十数枚のプレートで覆われている。プレートとは、堅い板のこと。大陸プレートと海洋プレートの二つがあり、それぞれが別の方向に異なるスピードで動いている。大陸プレートの移動速度は、海洋プレートよりも遅く、年間数センチほど。たとえば大西洋は少しずつ拡大している。毎年2~3センチほど。ヨーロッパとアメリカは遠ざかっている。
 大陸が分裂したのが2億5000万年前。大西洋は、今も拡大中。
 プレートを動かしているのは、自らの重さで沈み込む力。この力でマントルからマグマを引き出している。海があるからプレートが冷やされ、重くなり、沈み込んでいくという循環が生まれる。
 マントルは岩石でできていて、コアは鉄を主体とする金属でできている。
 地球の表面の7割が海に覆われているが、海の深さは平均3キロほど。すると、表面にわずかに水がはりついている程度で、全質量の0.02%にすぎない。地球の1000分の1の隕石ひとつで、海の全水量と同じだけの水がもたらされる。現在の海の全水量を1海水とすると、太陽系の初期に降り注ぐ隕石によって100海水以上の水がもたらされたとしても、不思議ではない。
 コアは地球磁場をつくっている。磁場がなければ、地上にすんでいる生物は、有害な太陽風や宇宙線にさらされてしまう。
 地球に磁場がなければ、海がなかったかもしれない。海だけでなく、大気もなくなっていたかもしれない。
 火星には昔は海が存在した。火星の海がなくなったのは38億年前のこと。火星ができてから7億年後に海は焼失してしまった。磁場がなくなったからだと考えられている。
 磁場が消滅すると、太陽風の影響を受けて大気が剥ぎとられ、海が消滅した。
 この本では、火星はなぜ小さいのか、月はどうして生まれたのか、まだ完全に解明されていないことが示されています。そして、地球のマグネシウムが多い理由も説明が尽くされていないとのこと。世の中は、まだまだ謎だらけなのですね。そのことが分かっただけでも本書を読んだ甲斐があります。
(2022年7月刊。税込990円)

  • URL

2022年11月25日

日本商人の源流、中世の商人たち

日本史(中世)


(霧山昴)
著者 佐々木 銀弥 、 出版 ちくま学芸文庫

 江戸時代の「士農工商」というコトバが職業の序列としてとらえられ、商売人は最下位に置かれていたというのは、今では間違いだとされています。といっても、そのことを私が知ったのは、それほど昔のことではありません。
 商売人がお金を扱うからといって、最下位の身分に置かれるなんて、考えられないことだと思います。「ヴェニスの商人」に登場するユダヤ人の商人がさげすみの」対象でしかなかったとは、私には信じられません。
 日本の中世商人は、著名な神社に所属し、奉仕するという神人身分であり、神威を背景とする特権をほしいままにしていた。
 これこそが中世当初の現実だったと私も思います。お金の力は今も昔も偉大なのです。
 高野聖(こうやひじり)とは、平安時代中期以降、厭世、隠遁(いんとん)の徒が高野山を修行の地とし、ここを根拠として全国を遊行・勧進して歩いた僧。中世後期からは、背に笈(きゅう)を負い、念仏を唱え、鉦鼓をたたいて布教して歩くかたわら、笈の中に呉服を詰め込んで、それを売り歩くようになった。この行商のため聖身分をふりかざし、声高に宿泊を強制するようになり、人々から「宿借聖」として忌み嫌われるようになった。そこで、高野聖は信仰面における人々の信頼を失い、統一権力者の信長や秀吉からは一種の無頼の徒とみなされた。
 12世紀前半に成立した『今昔(こんじゃく)物語集』には、伊勢に行商する京都の水銀商人たちの話がのっている。水銀は、化粧用白粉(おしろい)製造の原料だった。
 15世紀の商人は為替(かわせ)を振出していた。京都下りの商人は、京都との恒常的往来と取引によって形成された信用関係を背景にして、為替を振出すことによって現金を調達して、手広く仕入れることができた。
 全国各地の特産物を扱った行商は莫大な利潤をもたらした。その反面、常に命をかけた危険な旅でもあった。そのため、座と掟書が生まれた。
 旅の途中で出くわした山賊・海賊とは、話し合いで決着させた。
 鎌倉では、大町・小町・米町など都市化した地域に居住するものを町人といい、それ以外のものを商人と呼んで区別していた。
 室町時代から、店舗を示すコトバには「棚」から「店」に変わった。
 借金を帳消しとする徳政令について、商人の多くは債務破棄を申請しなかった。徳政令のあとの融資の可能性を保持するのを優先したことになる。
 京都では、土倉(どそう)と酒屋は一体とみなされていた。都市において土倉と酒屋は、もっとも富裕な、いわゆる有徳人層を形成していた。
 いつだって、したたかに生きてきた、日本の中世の商人の実像に迫った貴重な本だと思います。
(2022年6月刊。税込1210円)

  • URL

2022年11月26日

平氏

日本史(平安)


(霧山昴)
著者 倉本 一宏 、 出版 中公新書

 おごれる平氏は平清盛の死によって滅亡し、あとは源氏の世の中になった、そう思っていましたが、そうでもなさそうなんですね。この本を読んで、平氏にもいろいろな流れがあることを知りました。
 平氏は源氏と並んで、皇親(こうしん。天皇の親族)が賜姓(しせい)を受けて成立した氏族。平氏は、桓武天皇の子孫から始まる。源氏は、清和(せいわ)源氏のほうは武家源氏で、公家源氏は嵯峨天皇の皇子女が賜姓を受けた嵯峨源氏に始まる。
 平氏のほとんどは、あとで「堂上(とうしょう)平氏」と称された高棟流桓武平氏。彼らは朝廷で、蔵人(くろうど)や検非違使(けびいし)、弁官(べんかん)などの中級官人(諸大夫)や下級官人(侍品)として勤め、また古記録を記して「日記(にき)の家」と称された。
 「日記の家」というのは、累代の日記(「家記(かき)」を伝え蔵し、先例故実の考勘を職とする家のこと。日記は家記として代々記されるだけでなく、その保存や利用に意を払い、かつ他の家の日記も広く収集することに務めていた。そして、家の集積された家記は、儀式や政務の際の家の故実作法の典拠として研究し、部類記を作成したり、抄本や写本を作成した。
 公家平氏は「日記の家」として、みずからが蔵人や弁官、検非違使として携わった宮廷の政務や儀式を記録し続けるとともに、摂関家の家司として、数々の日記を集積したり、書写したり、部類したりして、日記と関わることによって、自己の家を宮廷社会で存続させる方途とした。
 蔵人・殿上人(てんじょうびと)として内裏(だいり)の奥深くで天皇を直接警固していた源氏と、検非違使として京内の犯罪を取り締まる平氏とは、宮廷社会における家格の差は歴然としていた。
 治承4(1180)年に始まる日本未曽有の内乱は、武家の清和源氏を頭目にいただく坂東平氏が、伊勢平氏の末裔(まつえい)である平家とその王を打倒する戦いでもあった。
 武家平氏には、弁官経験者が一人もいないため、政務処理能力がなく、まして公家(くげ)の儀礼や行事の先例(故実。こじつ)に通じた「有職(ゆうしょく)」とはほど遠い存在では、政務や儀式を取りしきることは不可能だった。何せ、一世代前までは中下級貴族の家格しか持たない軍事貴族だったから。
 平清盛は、64歳で病死した。頓死(とんし)と称するにふさわしい。
 「源平合戦」と単純に理解することはできない。義経や範頼が率いた平家追討軍には、多くの坂東平氏がその主軸として含まれていた。坂東平氏は、それぞれの事情で、頼朝に属した者、平家に尽くした者と、さまざまな動きを見せた。
 王権としての平家は滅びたが、平氏はけっして滅びてはいなかった。
 鎌倉殿の13人のうち、梶原景時、北条時政、北条義時、三浦義澄、和田義盛という5人は坂東平氏の出身。いずれも滅亡された。ええっ、そ、そうなんですか...。
 公家平氏のほうは、堂上家として明治維新まで家を存続させている。
(2022年8月刊。税込1012円)

  • URL

2022年11月27日

地図と拳

中国・日本史(戦前)

(霧山昴)
著者 小川 哲 、 出版 集英社

 戦前の満州を舞台とする小説です。630頁もある大作なので、読みはじめてから読了するまで、珍しく1ヶ月もかかってしまいました。
 ところで、驚くのは、オビのキャッチフレーズです。「日本SF界の新星が放つ、歴史×空想小説」とあるではありませんか。ええっ、これがSF小説なの...。私には信じられません。私は満州を舞台とする小説だと思って読んだのに、「歴史・空想小説」だなんて...。そんなこと言ったら、歴史物は、みんな「空想小説」ですよね。
 つまり、たとえば主人公の武将が何を言ったか、どんなことを考えていたのかなんて、みんな作者が空想(想像)したに決まっています。それを、いかに真に迫ったものとして読ませるかに、作者の筆力がかかっているわけなんです。そして、それを私も日夜、精進しているつもりなのです。
 そして、もう一つ驚いたのは、こんな部厚い大作が6月に初版が出て、9月には第三刷だというのです。いったい、SF界では、著者はそれほど有名人なんですか...。ちっとも知りませんでした。
 まあ、ともかく満州を舞台とする本を、私は今、一生懸命に集めて読み込んでいるところです。というのも、私の叔父(父の弟)が、日本敗戦後の戦後、八路軍の要請にこたえて紡績工場の技師として働いていたのですが、国共内戦のさなかでしたので、満州各地を転々と放浪していました。それを叔父の手記をもとにして、それこそ歴史小説にしたいと考えて挑戦しているところなのです。
 この本のすごいところは、満州を舞台としているのですが、なんと、序章は1899年に始まるというところです。日露戦争(1894年)の5年後です。満州の利権を狙って外部勢力としてロシアと日本がつばぜりあいを初めている状況です。いやあ、すごいです。
 そして、1901年、1905年、1909年、1923年、1928年、1932年、34年、37年、38年、39年、41年、44年、最後に45年になります。これだけ細かく経緯をたどるというのは、並大抵のことではありません。完全に脱帽です。大変勉強になった「SF小説」です。
(2022年9月刊。税込2420円)

  • URL

2022年11月28日

ナメクジの話

生物


(霧山昴)
著者 宇高 寛子 、 出版 偕成社

 なぜか、わが家の台所にドデーンとナメクジが鎮座ましますのを発見することがあります。本当に不思議です。外から侵入してくる経路はそんなにないはずなのですが...。
 というわけで、ナメクジとは、いったいいかなる生物なのかを知りたくて読んでみました。
 とても分かりやすいナメクジの話です。でも、実のところナメクジは謎だらけの生物だということが分かりました。カラー写真がありますので、わが家のナメクジは記憶に照らしあわせると、日本古来のナメクジだと思います。
 日本にずっといるナメクジは、全体的に太くて、灰色。この本の著者が主として研究しているのは、チャコラナメクジ。背中に2本から3本の黒い線がある。
 ナメクジは貝の仲間で、タコやイカと同じ、軟体動物。ナメクジには殻はない。そして陸にすんでいるのに「貝」。陸にいる貝のうち、大きな殻をもつのをカタツムリと言い、殻をもたないのをナメクジと呼ぶ。
 ナメクジにも人間と同じように顔があり、皮膚の下には、脳・心臓・肺などがある。顔は、ふだんは体のなかに隠している。
 ナメクジの目は、明るいか暗いかが分かるだけ。においを感じる能力のほうが強い。
 ナメクジは、なんでも食べる雑食。ミミズや昆虫も食べる。
 口には、大根おろし器のように小さい歯がたくさんついた「歯舌」(しぜつ)があり、これをエサに押しあてて、ゴリゴリと削って食べる。
ナメクジは、1匹のなかにオスとメスの両方の機能をもっている。しかし、ほかの個体と交尾することによって、初めて卵をつくることができる。ナメクジは交尾したあとしばらくして卵を産む。
 ナメクジのべたべた粘液は乾燥から身を守っている。また、粘液の上で腹足を波打つように動かして前進する。だから上下に波打ったり、くねくねする必要がない。ただし、ナメクジは前にしか進めない。後退できないのですね。
 ナメクジの寿命は、短くて数ヶ月。長いものは2~3年ほど。そんなに生きるのですか...。
 ナメクジに塩をかけても溶けているのではない。水分を失って、身が小さくなるだけのようです。
 ナメクジには光周性がある。
 ナメクジを飼って育てるにはタンパク質が必要。金魚のエサや固形のドッグフードも買って与える。
 ナメクジへの多くの人々の反応は、「ギャアア...」が多い。そこで、やはり「敵」の実体を知っておくべきなのですよね、きっと...。面白い本でした。
(2022年9月刊。税込1650円)

  • URL

2022年11月29日

テレビ番組制作会社のリアリティ

社会


(霧山昴)
著者 林 香里 ・ 四方 由美 ・ 北出 真紀恵 、 出版 大月書店

 私はリアルタイムでテレビを見ることはありませんし、ドラマを見ることもありません。ただし、「ダーウィンが来た」とかドキュメントものを録画で見ることはあります。若者のテレビ離れが叫ばれて久しいわけですが、この本はテレビ番組をつくるほうの現状と問題点をレポートしています。
 テレビ局にとって、視聴率はイコール収入。なぜなら、広告収入の多くを占めるスポットセールスは、視聴率によって料金が決まる仕組みだから。
 持株会社グループとしては、番組を1本完全パッケージで外注するのではなく、必要なスタッフを労働力として「購入」することで、経費削減を図る。そのとき、自社系列の制作子会社に製作委託を集中させ、そこから番組にスタッフを派遣させ、また外部に孫請けさせる方法も増えている。
 製作会社のプロデューサーは、責任者ではあるが、あくまで下請けでしかなく、最終的な決定権は放送局の側にあるため、「調整役」だ。
 中堅世代の空洞化。スピーディーな意思決定が必要になるため、末端の若手制作者たちは全体像を見渡す時間的余裕がないまま歯車となって働くことを強いられている。そこで、入職して数年で辞めていく者が後を絶たない。
 制作会社と放送局の関係は、最近は「植民地」状態になっている。対等になるどころか、完全に子会社になっている。
 放送局では、入館証を首から下げる紐(ひも)の色で放送局員と制作会社の人の区別がつく。「番組」チームとして一体になって働いているが、実は、見えないけれど、厳然として「壁」が存在している。
 ディレクターになることで「Dに上がる」として「昇格」という感覚が共有されている。ところが、その判断基準は不透明だ。
 自主制作率は、大阪で3割、名古屋で2割、その他の地方は1割というのが目安だ。
 放送局内部の製作現場の厳しさがひしひしと伝わってくる本でした。
(2022年8月刊。税込2860円)

  • URL

2022年11月30日

「伊達騒動」の真相

日本史(江戸)


(霧山昴)
著者 平川 新 、 出版 吉川弘文館

 面白い本です。江戸時代の大名家も、内情はいろいろあって、大揺れに揺れるところも少なくなかったようです。確認されているお家騒動は40件以上。お家騒動とは、大名家に発生した内紛のこと。福岡藩の黒田騒動、佐賀藩の鍋島騒動、加賀藩の加賀騒動が有名だが、それより有名なのは、仙台藩の伊達騒動。
 伊達騒動は17世紀の仙台藩に起きた二つの事件から成る。その一は、放蕩(ほうとう)にふける三代藩主の伊達綱宗が藩主に就任してわずか2年で強制隠居させられたこと。その二は、仙台藩奉行(家老)の原田甲斐宗輔が、藩主一門の伊達安芸宗重を境界争論の審理中に大老酒井雅楽頭(うたのかみ)忠清邸で斬殺したこと。普通の大名なら即とりつぶしの理由になるような大事件が、わずか10年の間に2度も起きた。それでも仙台藩は取りつぶされなかった。なぜ、なのか...。
 二代藩主であった伊達忠宗は、生前、綱宗の挙動に大きな不安を抱いていた。綱宗の行儀の悪さは相当なもので、父親(忠宗)の叱責にも聞き入れないのなら、勘当する(親子の縁を切る)とまで思っていた。すなわち、綱宗は酒乱気の気があった。父の忠宗は、綱宗に「一滴も飲むな」と断酒を命じていた。
 筑後柳川藩10万石の大名・立花忠茂は、綱宗の監視役に就いた。忠茂は綱宗の義兄になる。藩主・綱宗の「御行跡」が悪いのは、「夜行」、つまり遊郭の吉原通いのこと。
 しかし、結局、1660年7月、立花忠茂・伊達宗勝などが幕府に綱宗の隠居と弟または亀千代への相続を願い出た。この連署証文には、14人が加わった。主要な一門と奉行。当時、藩政を運営していた主要な人物が署名に加わった。綱宗の隠居願いは、藩の重臣の総意だった。
 逼塞(ひっそく)とは、門を閉ざして白昼の出入りを許さないこと。閉門は門扉や窓を閉ざし、昼夜ともに出入りを許さない監禁形。処分としては、逼塞より閉門のほうが罪が重い。
 閉門とされた綱宗は、仙台藩の下屋敷(品川屋敷)に移り、72歳で亡くなるまで、ひっそりと生活した。とはいうものの、実は、綱宗には側室の初子のほか、7人もの側室がいて、初子とのあいだに2人の男子、そして他の側室から7人の男子と11人の女子が生まれた。いやはや、たいしたものですね...。これでは普通の隠居と変わりませんね。
 このころ、仙台藩の財政状況は悪く、逼迫しはじめていた。二つめの伊達騒動の原因をつくったのは野谷地(のやち)、つまり未開発の原野や湿地帯についての争い。係争地は蔵入地によるという明確な方針が忘れ去られ、また、重要な証拠となるはずの「国絵図」も思い出されなかった。信じられませんね...。
 幕府の老中たちは、すでに早くから仙台藩における治政の乱れを知っていた。
 1671(寛政11)年3月27日、大老酒井忠清邸の大書院で、原田甲斐宗輔が、やにわに脇差を抜いて伊達宗重の首筋に切りつけ、宗重は即死した。原田も斬られた。
 この原田の乱心について、著者は、原田に非があったことは明らかなので、結局、身の破滅を悟り、逆上して刃傷に及んだとみるのが自然だとしています。
 この大事件が起きた当日、老中は仙台藩のとりつぶしはないから心配するなと明言したとのこと。ただし、綱宗のあとを継いだ幼い藩主の後見人たちは責任を問われています。
 また、原田宗輔の4人の男子は切腹を命じられ、5歳と1歳の孫たちも処刑された。男子の血筋は根絶やしにされた。これは厳しい処分ですね。
 伊達騒動は、単なる権力闘争ではなく、野谷地という知行地の境界相論に端を発する民衆社会のあり方にかかわった騒動だった。なるほど、そのように評価できるのですね。
 山本周五郎の『樅(もみ)の木は残った』は、原田宗輔について、大老酒井と伊達宗勝による仙台藩乗っ取りを防いだ忠臣だと評価する。しかし、そのストーリーはつじつまがあっていない展開だと著者は批判しています。
 また、伊達家を改易すれば、その反響の大きさに幕府は恐れをなし、とても改易なんかできなかったとしています。なーるほど、ですね。大変勉強になる本でした。
(2022年1月刊。税込2200円)

  • URL

カテゴリー

Backnumber

最近のエントリー