弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2022年9月26日

東北の山と渓(Ⅱ)

人間

(霧山昴)
著者 中野 直樹 、 出版 まちだ・さがみ総合法律事務所
1996年から2018年まで、著者が東北の山々にわけ入って岩魚(いわな)釣りをした紀行文がまとめられています。いやはや、岩魚釣りが、ときにこれほど過酷な山行になるとは...。
 降り続く大雨のなか、道なき藪(やぶ)の中を標高差500メートルをはい上れるか、幅広い稜線に濃霧がかかって見通しがきかないときに目的とする下り尾根の起点を正しく把握することができるか、三人の体力がもつか、などなど心配は山積み。でも、より危険のひそむ沢筋を下るより、このルートしかない。
 夕食は、昨夜までと一転して酒もなし、おかずもなし、インスタントラーメンをすするだけ。
 源流で釣りをしていて夕立に見舞われ、雨具を忘れたので、Tシャツ姿でびしょ濡れになった。雨に打たれながらカレーを待っているとき、空腹と体温低下のために悪寒が走り、歯があわないほど、がたがた震える状態になった。
 カレーが各自にコッフェルに盛りつけられたので、待ってましたとばかり口にしようとしたら、先輩から叱責された。みんな同じ状況にあるのだから、自分だけ抜け駆けしたらだめ、苦しいからこそ、みんなを思いやり、相手を先にする姿勢が必要。それが苦楽を共にする仲間というものだ。こんこんと説教された。そして、三人で、そろって「いただきます」をして、カレーを食べた。
 いやはや、良き先輩をもったものですね。まったく、そのとおりですよね。でも、なかなか実行するのは難しいことでしょう。
 午前5時、藪に突入して、藪こぎ開始。枝尾根とおぼしき急勾配を登りはじめる。足下にはでこぼこの石があり、倒木があり、ツタがはう。足がとられ、ザックの重さによろめく。背丈(せたけ)をこえる草木からシャワーのように雨しずくが顔を襲う。
 予想をこえて悪条件の藪こぎに体力が消耗し、1時間半、果敢に先頭でがんばった先輩がばてた。昨夜、インスタントラーメンしか食べていないことから、糖分が枯渇しまったのだ。頼みのつなは、昨夜つくったおにぎり6個だけ。いつ着けるか、何があるか分からないので、おにぎり1個を3つに割って、3人で口に入れる。精一杯かんで味わい、胃袋に送る。こんなささやかな朝食だったが、さすがは銀舎利。へたった身体に力がよみがえった。
 よく見ると、ブナの幹に細い流れができている。コップを流れに差し出し、たまった水を飲み、喉をうるおし、あめ玉をほおばった。
 午後1時半、ついに廃道と化している山道にたどり着いた。やれやれ、残しておいたおにぎり2個を3人で分け、ウィスキーを滝水で割って乾杯。
 なんとまあ、壮絶な山行きでしょうか...。軟弱な私なんか、とても山行なんかできません。
 それにしても著者は、こんな詳細な山行記をいつ書いたのでしょうか...。帰りの車中から書きはじめ、家に着いたら、ひと休みするまでも書き終えたのではないでしょうか...。それほど迫真的な山行記です。くれぐれも本当に遭難などしないようにお願いします。
 この冊子は、奥様の中野耀子さんの素敵な絵が随所にあって冊子の品格を高めています。また、先輩弁護士である大森剛三郎さん、岡村新宜さんを偲ぶ冊子にもなっています。
 つい行ってみたくなる、ほれぼれする、写真集でもあります。贈呈、ありがとうございます。
(2022年7月刊。非売品)

  • URL

カテゴリー

Backnumber

最近のエントリー