弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2022年9月22日

証言・人体実験

中国・日本史(戦前)


(霧山昴)
著者 吉林省社会科学院・中央檔案館 、 出版 同文館

 日本軍が中国で行った最大の蛮行の一つが七三一部隊における人体実験と虐殺です。
 この本は七三一部隊の関係者が戦後の中国で自らの犯した戦争犯罪について、取調に応じて自白している調書を抜粋、編集したものです。見方によっては、中国で元日本兵が
洗脳され、あらぬこと、自分がしておらず、するはずもなかった「自白」を心ならずもしたというのかもしれません。でも、この本に書かれていることの表現ぶりからは、あくまで反省心から真実を吐露しているとしか思えません。
 七三一部隊で工作員として、つまりスパイではなく、単に技術者として働いていた人は、一日に10円ないし20円の収入、多い人は30~40円ももらっていた。毎月20円の食費を差し引いて、家に50~60円も送金すると、手元にお金がほとんど残らなかった。やがて、給料があがり暮らしは豊かになり、故郷の家には1000円ほども送金できるようになった。
ハルビン市の監獄から受刑者を連れていく自動車は、幌つきのトラック2台、座席に首、腰、足をしばる鉄の鎖(くさり)が設置された自動車が1台あった。
 七三一部隊はコレラ菌などを培養し、航空班が上空から細菌をばらまいた。そのため、罪なき中国の人々のあいだにチフスが流行した。ところが、「これは、ソ連が細菌を散布したせいだ」と嘘を言って広めた。
 細菌ビラもまいた。墨汁のなかにペスト菌を入れてビラを書いて、空からビラをまくのだ。
 七三一部隊はハルビンの郊外にあり、平房駅から専用鉄道(3キロの長さ)が内部に入っていた。
 「マルタ」と呼ばれた実験に供される人々は、重い足枷(あしかせ)がはめられ、足を動かすたびに「ガチャガチャ」と鉄の刑具がぶつかる鈍い音がした。これらの人々が反抗をくわだて、素直に殺されないようなときには、警備員はその場で殺すことが許されていた。
 彼らは、人間としての一切の権利を奪われ、「マルタ」と呼ばれ、胸に記されたアラビア数字の番号で扱われた。彼らは、中国人、ソ連人、朝鮮人。女性もいた。多くは捕虜で、19歳から40歳くらい。
 七三一部隊に送るのを「特移扱」と呼んだが、そのためにスパイだとむりやり「自供」させた。水責め、殴打、電気ショック、手の指にエンピツをはさむなどの拷問が加えられた。
 ハルビン香坊にあったソ連赤軍捕虜収容所にいた赤軍兵士を七三一部隊に送っていた。
 毎週2回、トラックでハルビンから七三一部隊へネズミが運ばれていた。ハルビンの小学校に命じて小学生を動員して、ネズミを集めて七三一部隊に送った。チャムス市でも全市の生徒にネズミ捕りをさせ、毎日300匹のネズミを七三一部隊に送った。
 七三一部隊で人体実験の対象となり虐殺された人は少なくとも3000人。部隊の日本人も3000人ほどいた。敗戦時には1500人ほどに減っていたが、それは少し前から内に帰していたから。
 七三一部隊員が自らの犯した悪業を割に素直に自白しているという印象を受けました。
中国とソ連は七三一部隊員は裁判にかけましたが、アメリカは石井四郎と取引し、実験成果を受け継ぐことで、全員を免責してしまいました。東京裁判で彼らが被告人席に立たされ、おぞましい蛮行が少しでも明らかになっていれば、「聖戦」論なるものが戦後日本に定着することはなかったと思います。
七三一部隊は忘れてはいけない日本の負の歴史です。
(1991年3月刊。税込2800円)

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