弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2022年9月21日

太平洋の試練(下)

日本史(戦前)


(霧山昴)
著者 イアン・トール 、 出版 文芸春秋

 レイテ島の戦いから終戦までをたどっています。
 終戦(日本にとっては敗戦)のとき、天皇とその周辺は、アメリカが天皇制の存続を暗に認めたので、安心して終戦を受け入れることにしたという記述は、やはり新鮮な驚きでした。アメリカ国民の多くは日本の天皇に戦争責任をとらせることを望んでいました。当然です。ドイツのヒトラーは自殺し、イタリアのムッソリーニは処刑されて吊るされたのですから、アメリカ人として、ひとり日本の天皇だけが安泰というのは納得いかなかったでしょう。
 日本の軍部のなかにもクーデターを企画し、行動に移そうとした若手将校たちがいました。そこで、天皇は8月17日、軍に対してもうひとつの勅語を発し、「臣民たるもの、ひとり残らず背くことのないように」と命じた。いやあ、これは知りませんでした。
 マッカーサーとともに上陸したアメリカ軍の将校のなかにも、日本軍の降伏はインチキで、日本軍は裏切り攻撃を意図しているに違いないと疑っている人々がいました。マッカーサーたちが横浜のホテル・ニューグランドで食事をしたとき、副官たちは毒を盛られるのを心配していた。もちろん、このとき何事も起きず、ただステーキが品切れとなって、次の人には魚が供されたとのこと。
 日本に上陸したアメリカ軍の将校たちは、日本軍の将兵が天皇の降伏の詔勅に従うかどうか、心配していたのです。冷静に考えたら、当然の心配ですよね。その寸前までアメリカ軍に勝てると叫んでいたのに、一転して、日本はアメリカに負けました、アメリカ軍に降伏しましょうと言っても、果たして日本人の全員が従うものか、心配になるのは当然ですよね...。
 でも、日本人は、みな、心の底ではもう戦争なんか止めてほしいと考えていたようで、天皇による終戦の呼びかけに、ごく少数の例外を除いて、たちまち受け入れたのです。ここらあたりが日本人の変わり身の早さとして、長所でもあり、非難されるところでもあるのでしょうね。
 日本人は上陸してきたアメリカ兵の生(ナマ)の姿を見て、「鬼蓄米英」、頭に角(ツノ)の生えている人間なんて真っ赤な嘘だと知り、いかに自分たちが騙されてきたのかを知り、これまでの日本軍の指導部を徹底的に軽蔑するようになった。
 アメリカ軍の原爆投下目標は4都市にしぼられた。東京と京都は戦後の交渉相手を確保するために除外された。それで、残ったのは広島、長崎、小倉、新潟だった。広島の次の主目標は小倉だった。ところが、小倉上空はコールタールを燃やして視界を悪くするような民間防衛策がとられていた。小倉上空を1時間もウロウロしたあげく、20分先の長崎に向かった。原爆(ファットマン)を投下したあと、B-29は燃料不足のためテニマン島には帰れないので、沖縄にやっとの思いでたどり着いた。
 沖縄沖の特攻任務で死んだ東京帝大生の佐々木八郎は、24歳だった。
 「日本が資本主義によってどうしようもなく腐敗していて、差し迫った敗戦は革命にとって代わられるだろう、と信じた。
 私は、これを知って、人々の苦悩を自分の金もうけに平気で転じる竹中平蔵をついつい連想してしまいました。
 そして、日本に大空襲をかけて、そのことを前提として日本政府から授勲された例のカーチス・ルメイ将軍について、この本では「生まれつきの自己宣伝屋」だと厳しく評しています。罪なき日本人を一晩で10万人も死に追いやったカーチス・ルメイに対して日本政府は戦後、勲章(勲一等)を授与したのですよね。日本人として、決して忘れてはいけないことです。
 540頁の下巻を何日もかけて重い重い気分で読みすすめました。正直言って、辛(つら)い読書でした。でも、ロシアのウクライナへの侵略戦争が2月末に始まり、もう半年になろうとするのに、今なお、終息の目途はまったくたっていません。日本も核武装したほうがいいなんて、とんでもない意見も飛び出している今日、第二次大戦からの教訓を生かすことは本当に大切だと思わざるをえません。
(2022年3月刊。税込2970円)

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