弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2022年9月14日

キャッチ・アンド・キル

アメリカ


(霧山昴)
著者 ローナン・ファロー 、 出版 文芸春秋

 #MeToo運動は、この一冊から始まった。
 ハリウッドの大御所プロデューサーだったハーヴェイ・ワインスタインの性的虐待疑惑を追いかける若手テレビ記者の調査を、メディア界・政界・司法界の「悪の三位一体」が激しく妨害する様子が生々しく描かれていて、胸が痛みます。というか、セクハラ加害者による執拗きわまりない、えげつない攻撃の数々に胸つぶれる思いです。
 そして、大手メディアが裏切り、またイスラエル仕込みのスパイたちも暗躍して、いったい、この世はどうなっているのか、つい嘆息してしまいました。
被害を受けたと訴えても、その女性が自分のところに戻ってきたらレイプではない。ワインスタインは、こう繰り返し主張した。だが、職場や家庭で避けられない相手から性的暴行を受けたとき、女性が戻ってくることは珍しくないし、むしろ、そのほうがフツーだ。
 トラウマによる心の傷、報復の恐れ、性的暴行の被害者に対する世間の烙印。ワインスタインがメディアを支配していたため、誰を信用していいか分からなくなってしまう。
イスラエル企業(「ブラックキューブ」)は、これまでと違う企業スパイの手法を売り込んだ。その手法のひとつが「なりすまし」。つまり、ブラックキューブの工作員が、別人を装ってターゲットに近づく。
ブラックキューブは、設立当初からイスラエルの秘密諜報機関とイスラエル軍の上層部と深く関わっていた。ブラックキューブの工作員は100人以上、30ヶ国語を操る。ロンドンとパリに事務所を構え、本部はテルアビグの中心にあるガラス張りの高層ビルに置く。そこは、ほとんどの扉に指紋認証機がついていて、社員の机には、20台ものケータイが並んでいる。それぞれが別人格用でナンバーも違う。社員は全員、定期的にウソ発見器にかけられる。
ブラックキューブは、法を平気で破ることで有名だ。ブラックキューブは、オバマ政権の幹部を尾け回し、汚点を探し、イランのロビイストと手を組んで賄賂を受けとっているとデッチあげたり、不倫しているという噂を流したりした。
ワインスタインは、報道機関を動かし、告発者の信用をおとしめる活動を展開した。金持ちの権力者がこれほど大掛かりに人々を脅迫し、監視し、秘密を隠しとおせるなんて、とんでもないことだ。
まったくそのとおりです。背筋が氷ってしまいます。お金があれば何だって、できるのですね...。でも、その社員から著者に内部告発の匿名メールが届きます。性的加害を隠すのに加担したのが恥ずかしいという良心の呵責(かしゃく)からの通報でした。世の中には、やはり良心を捨てきれない人が時に厳然としているのですよね。それが人間社会の面白さです。誰でも、みんながお金に目がくらんで良心を捨てるというのではないのです。
結局、ハーヴェイ・ワインスタインは2018年5月25日、逮捕された。といっても、アメリカでは、その日のうちに100万ドルの保証金を積んで釈放。足首に監視装置をつけられて出所。弁護団は次々と入れ替わり、とうとう23年の懲役刑が宣告され、重犯罪者向け厳重警備施設(ウェンデ矯正刑務所)に収容された。
性暴力の被害者は、被害にあったのに、自分のせいだと感じてしまう。もし自分がもっと強い女だったら、男のタマをけ飛ばして逃げていたはず。でも、そうしなかった。だから自分のせいだと感じていた。彼の前では自分が小さくて、バカで弱い人間になった気がした。レイプのあとは彼が勝った。
今の世の中では、被害者は聖人であることを求められ、聖人でなければ罪人扱いされてしまう。でも、声をあげた女性たちは聖人ではない、ただの人間だった。
ワインスタインにとって、女性を食い物にすることが仕事の一部になっていた。若い女性とのミーティングのはじめだけ女性を同席させ、待ち合わせの時間が昼間から夜に移され、場所もホテルのロビーから部屋に移された。
被害者と示談し、秘密保持契約で練る。しかし、こんな秘密保持契約って、いったい刑事犯罪が成立しても守らなければならないものなのか...。
告発者バッシングにメディアが加担するというのは日本でもありますよね。そして、今度、アベ銃撃事件で責任をとって辞任した中村警察庁長官は準強姦被疑者の逮捕状の執行を差止めた男でした。首相秘書官を5年半もつとめていて、まさに政界の闇を知り抜いた男が、部下のヘマで辞任を余儀なくされたわけです。因果はめぐるということなんでしょうね。
(2022年4月刊。税込2530円)

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