弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2022年8月19日

死刑について

社会


(霧山昴)
著者 平野 敬一郎 、 出版 岩波書店

 この著者の、ときどきの社会的発言は、いつも大変鋭く、共感することがほとんどです。
 このタイトルで著者が何を言うのか、恐る恐る読みすすめたのですが、まったく同感するばかりで、改めて著者の見識の深さに心より敬服しました。
 著者も、大学生のころは、なんとなく死刑制度「在置派」だったとのこと。死刑制度があるのも、やむをえないと考えていたのでした。今は「廃止派」です。
 恐怖心による支配の究極が死刑制度だ。
 人間に優しくない社会は、被害者に対しても優しくない。被害者への共感を犯人への憎しみの一点とし、死刑制度の存続だけで被害者支援は事足れりとしてきたことを私たちは反省すべきだ。
 いやあ、本当に、この指摘のとおりだと私も思いました。すごい指摘です。
 著者が死刑制度に反対するようになったきっかけの一つは、警察の捜査の実態を知ったから。この点は、弁護士生活48年になる私の実感にも、ぴったりあいます。
 日本の警察は(恐らく世界中の警察も、そうなんでしょう...)犯人が無実、つまり冤罪だとわかっていても、いったん「犯人」だと決めつけた以上、決して自らの過りを認めようとはせず、むしろ自分たちの正当性を守るため、場合によって証拠を捏造(ねつぞう)してまでする。その結果、死刑判決が下され、執行されても、警察は「自己責任」とウソぶくだけ。これが警察捜査の真実です。私は弁護士として体験的に確信しています。
 警察官にとって、やってもいない犯行を「自白」させるなんて、朝飯(あさめし)前のことでしかありません。窓のない狭い小部屋に押し込められ、一日中、「お前がやっただろ。やってないというのなら証拠を出してみろ」と怒鳴りあげられたら、フツーの人は3日ももたないと私は思います。私だって、2日以上もつ自信はありません。
 劣悪な生育環境に置かれて育っていたり、精神面で問題をかかえていたりして、それが放置されていたのに、重大な犯罪を起こしたら死刑にして、存在自体を決してしまい、何もなかったようにしてしまうって、国や政治、私たちの社会の怠慢なのではないのか...。
 著者の鋭い問題提起は胸に響きます。
 そして、死刑執行。法務大臣と法務官僚たちが、どのタイミングで、いつまでに何人執行しようか、政治状況をにらみながら話し合いをしている。こんな、人間の命を絶つことを同じ人間が話し合いながら決める、なんて、やっていいことなんでしょうか...。人を殺すための計画をたてて、話し合って決めるなんて、そんな話し合いは、根源的に誤っている。たしかに、私もそう思います。
 死刑執行のボタンを押すのは現場の刑務官であって、法務大臣でも法務官僚でもありません。刑務官の精神的負担の重さに、私はひしひしと痛みを感じます。
 自分の人生に絶望している人が「拡大自殺」として殺人行為を敢行する。そんな人たちに死刑という刑罰は、まったく意味がなく、抑止効果もない。本当に、そのとおりです。むしろ、助成効果があるだけでしょう。
 著者は日本の人権教育は失敗している、欠陥があるとします。とても共感できない人の人権をこそ尊重するような教育が子どものころから必要なんだというのです。これにも、まったく同感です。
 犯罪の抑止のためには、共感よりも人権の理解が重要であり、そうである以上、死刑制度は背理だ。
 著者による問題提起の深さに心が震えるほど共鳴しました。わずか120頁の小冊子です。弁護士会での講演会がベースなので、とても読みやすくなっています。あなたも、ぜひ、ご一読ください。
(2022年6月刊。税込1320円)

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