弁護士会の読書
※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。
2022年6月29日
教育鼎談
人間・社会
(霧山昴)
著者 内田 樹、前川 喜平、寺脇 研 、 出版 ミツイパブリッシング
とても知的刺激に満ちた本です。日本の教育の現状、そしてあるべき姿を深く深く掘り下げていて、大いに考えさせられました。実は、軽く読み飛ばそうと思って車中で読みはじめたのです。ところがどっこいでした。
私が大学に入ったとき(1967年)、授業料は月1000円、寮費(食費は別)も月1000円でした。私は記憶にありませんが、この本によると入学金も4000円だったようです。
教育費用が安いと、子どもたちには進学についての決定権がある。親が子どもの進学にうるさく干渉するのは、教育投資だと思うから。
今の日本の大学生の学力が下がっている最大の理由は、やりたくない勉強をさせられているからだ。それは進学先を自己決定できないから。高校生が自分の貯金をおろせば入学できるほどの学費だったら、子どもたちは自由気ままな進路を選ぶ。
大学教育まで、すべて教育は無償にして、好きな専門を自分で選んでいいよ。たとえ選び間違えても、何度でもやり直しができる。だって、無償なんだから。こんな環境を整えてあげることが大切だ。教育をみんなに受けさせるのは、それが社会のためになるから。
いやあ、まったく同感です。ハコやモノより、大切にすべきなのはヒト、ヒトなんですよね。今の日本の自民・公明政権には、まったく、それがありません。
人殺しをいかに効率よくするか、そんな軍事予算は惜しみなくつぎこんでいるのに、人を助ける方にはまったく目が向いていません。これを逆にすべきです。
教育を投資だと考えている親に対して子どもたちは復讐する。それは、親の期待を裏切ること。それを無意識のうちにやっている。ただし、疚(やま)しさ、罪悪感は心の底にある。
うむむ、これは、なんという鋭い指摘でしょうか...。この指摘を読んだだけでも、本書を読んで良かったと思いました。もちろん、それだけではありません。
教育というのは、学生たちの中で「学び」の意欲が起動すれば、それでいいのだ。
学生たちの「学び」が起動するのを阻害しているのは、実は学生たち自身がもつ知的なこわばり。
自分の能力の限度を勝手に設定して、自分にはそれ以上のことができるはずがないと思い込んでいる。
この自己限定の「ロックを解除する」というのが、教師の仕事だ。何がきっかけになって、学生がその気になるのかは、誰にも予見できない。
この指摘を受けて、私は大学1年生のとき、セツルメントの夏合宿で先輩セツラーが世の中の物の見方を語ったとき、ガーンとしびれたことを思い出しました。ああ、そんな見方をしたら、世の中はもっと見えてくるものがあるんだなと思い至り、必死でノートに先輩のコトバを書きしるしました。
いろいろプログラムを組むのは、そのうちのどれかがヒットするだろうという経験則にもとづく。そして、一時的に集中的にやったら、ゆっくり休む。その繰り返し。
セツルメントの夏合宿は、昼はハイキングをして、草原で男女混合の手つなぎ鬼をして楽しんでいました。夜は、みんなでグループ分けしてじっくり話し込むのです。
教育現場は、もっと「だらだら」したほうがいい。
「ゆとり教育」は失敗だったとさんざん言われたけれど、「失敗」の証拠も論拠も、どこにもない。いやあ、そうなんですね。たしかに、今の教員はペーパーの報告事項が多すぎますよね。
「不登校」は本人にとっても親にとっても困ったこと。社会性の獲得は必要なこと。それができないのは不幸なこと。本当にそう思います。
教員の考え方ややり方がてんでばらばら、できるだけ散らばっているほうがいい。そのほうが、子どもにとって、「取りつく島」があるから。教師にも生徒にも、いろんな人間がいるから学校は面白くなる。
子どもたちにとって、学校に来る動機づけ(インセンティブ)は、できるだけ多種多様であるほうがいい。本当に、そのとおりですよね。
私は市立小・中学校、県立高校、そして国立大学と、公立学校ばかりで、私立学校には行っていません。市立小・中学校には、それこそ多様な生徒がいました。つまり、「不良」もたくさんいたのです。でも、そんな生徒が身近にいたので、「免疫」も多少は身についたような気もします。
今は「大検」(大学入学資格検定)はなく、「高認」(高校卒業程度認定試験)がある。
この本には、22歳で高認に合格し、30歳で司法試験に合格して、弁護士として議員になった女性(五十嵐えり氏)が紹介されています。
大阪の維新(松井―吉村ライン)は、コロナ禍対策でひどい過ち(イソジン・雨ガッパ)をして、全国トップレベルの死亡率でしたが、教育分野でもひどい差別・選別教育をすすめています。かの森友学園も、維新政治の闇にかかわっているとこの本で指摘されています。
にもかかわらず、維新の恐ろしい正体がマスコミによってスルーされ、幻想がふりまかれて参院選を乗り切ろうとしています。日本の将来が心配です。
生きることは働くことと学ぶことだと寺脇研は強調しています。それをみんなが理解して支えあう、心豊かな社会にしたいものです。250頁の本ですが、久しぶりにずっしりと読みごたえの本に出会ったという気がしました。
発行は、旭川市の小さな出版社のようです。引き続きがんばって下さいね。いい本をありがとうございました。
(2022年4月刊。税込1980円)
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