弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2022年4月30日

「男はつらいよ」50年をたどる

人間


(霧山昴)
著者 都築 政昭 、 出版 ポプラ社

この世は欲望に満ちた世界であり、人間はそんな世の中であくせく働き生きている。そうした殺伐とした風景の中で、「寅さん」の世界は一種のオアシスである。まったく同感です。
「寅さん」映画には、家庭の団らんがあり、明るい会話と笑いがある。現代日本では失われた風景かもしれない。観客は憧れに似た郷愁に浸り、人間性を取り戻す。
いやあ、ホントそうなんですよね。笑いながら、ホロっとしながら、胸に熱いものを感じて、心に安らぎが得られて、映画館を出るとき、ほんわり温かくて心地がいいのです。
東京の下宿と寮で生活しながら司法試験の受験勉強に打ち込んでいたとき、最大の息抜きが「寅さん」映画でした。本当に安らぎが得られ、帰ったら心を新たにして再び猛然と法律書と取り組むことができました。感謝・感謝です。
渥美清は映画第一作の台本を読んでゾーッとした。その中に生き生きと自分が息づいていたからだ。笑いというのは、どこか残酷なもの。渥美清は、あるとき、山田洋次監督にしみじみ語った。自分の欠点や弱点を笑いの材料にし、その愚かさを観客が笑う。
渥美清は、勉強が大嫌いで、ワンパク三羽烏(ガラス)のひとり。小学生のころ、クラスに知的発達の遅れた子がいたので、渥美清は、いつもビリから2番目だった。
渥美清の父は地方新聞の記者で、母は代用教員。父は陽気な男だったが、母親はバカに朗らかだった。
山田洋次の父は柳川出身で、九大工学部を出て満鉄で蒸気機関車の開発に従事していた。ハルピンではロシア風の木造の家に住み、ロシア人の運転手やボーイを雇った。料理人は中国人、家庭教師はフランス人。土・日に父と母は馬車に乗って舞踏会に出かける。馬丁はロシア人。
母は満州・旅順に生まれ、女学校を卒業するまで内地(日本)を知らない。戦時中も頑としてモンペをはかず、禁止されていたパーマを平気でかけていた。父兄参観日には明るい洒落た着物を着てきて、洋次少年を恥ずかしがらせた。母は楽天的で明るかった。
日本に引き揚げてきて、山田が東大に入った年に両親は離婚。性格の不一致。そのあと、母は英語教師になろうと大学に入った。いやあ、これってすごいですよね。40代半ばですからね...。
無心の顔で観客を元気づける寅さんは、地面から足を少し離した風の精なのだ。寅さんが大地に根を張り、土臭い匂いを放って、所帯染みては困るのだ...。
観客は寅さんを通じて日常の憂いを忘れ、一緒に夢を見て元気になりたい。
「男はつらいよ」は失恋の物語なので、悲しく終わるはずだが、山田監督は、パッと明るく弾んだ気持ちで終わらせる。失恋した寅さんが、どこかの縁日(えんにち)の場で真っ青な空のもと、啖呵売(たんかばい)に声を張りあげている様子に観客は救われるのです。
「寅さん」映画を製作する山田組のスタッフは、第1作から不動のメンバーだった。定年退職と死亡以外は変わっていない。いやあ、これってすごいことですよね...。
山田監督は、信頼する同じスタッフで通した。これを知ったアメリカの映画人は「夢のように美しい話だ」と羨望(せんぼう)した。観客の感情に訴えかけて楽しませ、感動させるような製品をつくっているのだから、その生産に従事する人たちの気持ちが製品に正確に反映する。つまり、撮影所で働く人間は、他人の気持ちがよく分かる優しい人たちでなくてはならないのだ。
うむむ、なーるほど、そうなんですよね...。楽しんでつくった作品は、自ら気品が生まれてくる。チーム全体が楽しい雰囲気に包まれていることは、いい作品、楽しい映画をつくるうえで絶対に必要なことだ。
心にしみる、いい映画評でした。また、映画館のリバイバル上映で楽しみたいです。
(2019年12月刊。税込1650円)

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