弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2022年4月17日

いま、幸せかい?

人間


(霧山昴)
著者 滝口 悠生 、 出版 文春新書

私はテレビ版の「男はつらいよ」こそみていませんが、映画のほうは第一作からずっと映画館でみています。一番最初は大学祭のとき、法学部の大教室でみた記憶です。東京にいたときは有楽町の映画館でも、下町(大井町)の映画館でもみました。有楽町では、周囲がなんとなくお高くとまっていて心の底から笑えませんでした。下町では、周囲の人々と心おきなく爆笑の連続でした。
福岡に戻ってからは、正月は子どもたちも連れて家族みんなで楽しんでいました。なので、渥美清が亡くなったと聞いて、一家中ショックでした。
この本の著者は映画の全巻を何回もみているうえ、台本全部も読んだそうです。なかでも心に沁みるエッセンスを紹介してくれていますから、寅さんをたっぷり楽しむことができました。
それにつけても、山田洋次監督のすごさを改めて思い知りました。
2018年夏のシリーズ第50作「男はつらいよ、お帰り、寅さん」は死せる寅さんをまざまざとよみがえらせてくれた映画でした。まったく、そこに寅さんがいて、「よおっ、おいちゃん、おばちゃん、元気してたかい?」と声をかけてきそうな雰囲気の映画になっていて、感激しました。
私の自慢の一つは、この「おばちゃん」とNHKテレビで弁護士として「共演」したことがあるということです。まだ、私が30代のころのこと。インチキ先物取引に騙されないように呼びかける番組でしたが、「おばちゃん」は、そこでショート・コントを演じたのです。
寅さんは愛すべき善良さがあるが、同時に、救いようなに駄目さと常に表裏一体のものだった。笑いのなかに悲しみがあり、哀しみのなかに笑いがある。いつも二つの背反する感情がある。
 恋愛は「男はつらいよ」の重要なテーマだ。寅さんが旅先で女性に恋をして、そして失恋するというストーリーが、シンプルかつ普遍的であり、何度でも反復可能なものだった。誰かが誰かに恋をする、そのエネルギーが寅さんの映画の原動力である。
私の知人の女性が寅さん映画は、あまりにじれったくなるから好きじゃないと言い切ったことがあります。うむむ、そうも言えるんだね、そう私は思いました。でも...、ときに複雑で、ときに驚くほど単純明快な恋愛哲学は、恋愛は結局のところ思いどおりにはならないもの、という哀しい真理を示している。ふむふむ、なるほど、そうなんですよね...。
たくさんのマドンナのなかで、浅丘ルリ子が演じるリリーは、特別篇をふくめると計5作に登場していて、特別な存在になっている。これには私もまったく異論がありません。リリーさんほど、出てきただけでパッと華やかさを感じる女優は、そうそういませんよね...。
失恋のマンネリズムと言われることもあるが、実のところ寅さんの女性への心情は複雑多様だ。
「寅さん、もしかしたら独身じゃない?」
「首すじのあたりがね、どこか涼しげなの。生活の垢がついていないって、言うのかしら...」
映像でみたときには、さりげなく聞こえていた言葉が、台本の文章を読むと、心に留まって印象深く残る。そういうものなんですよね...。
「寅さんは、あの...、人生にはもっと楽しいことがあるんじゃないかなって、思わせてくれる人なんですよ」
そうなんです。だから私も寅さん映画を楽しみにし、映画館へ足を運んでいました。
「人間は何のために生きていくのかな?」
「ほら、ああ、生まれてきて良かったなって思うことが何べんかあるじゃない、ね。そのために人間、生きてんじゃねえのか」
いやあ、また映画をみたくなりました。それも小さな下町の映画館で...。
(2019年12月刊。税込880円)

  • URL

カテゴリー

Backnumber

最近のエントリー