弁護士会の読書
※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。
2022年1月24日
野生の青年期
生物
(霧山昴)
著者 バーバラ・N・ホロウィッツ、キャスリン・バウアーズ 、 出版 白揚社
人間も動物も波乱を乗り越え、おとなになる。タイトル(野生の青年期)が繰り返し実証されている本です。なるほど、若者が怖いもの知らずというのは、ヒト(人間)だけではなく、動物全般に共通する特質なんだということがよく分かりました。
アフリカのサバンナに生息するヌーがワニ(クロコダイル)の群がる川を渡るとき、一番に川に飛び込むのは、体つきは大きいが、ひょろりとした若手たち。未経験さゆえに、危険が潜んでいるのも気づかず、われ先に川にジャンプして飛び込む。もっと分別のある年長のヌーたちは、じっと待っていて、ワニが若い先頭のヌーを追いかけるすき間に、安全に川を渡っていく。
若者の衝動性、何でも試して目新しさばかりを求めること、未熟な意思決定といった特徴は実行機能を担う脳の部位、とくに前頭前野が脳のほかの領域と比べて成熟時期が遅い点と関係がある。
ヒトについては、15歳から30歳までがティーンエイジの脳として、膨大な記憶を蓄えていく。
動物はみな4つの課題を突きつけられる。①安全でいるには...、②社会的ヒエラルキーのなかをうまく生き抜くには...、③性的なコミュニケーションを図るには...、④親から離れて自立するには...。S(safety)安全、S(status。ステータス)、S(SEX、せっくす)、S(Self-Reliance。自立)。この4つのスキルは、ヒトでも体験の核にある。
この本では、太古より無数の動物が体験してきた過程を、4匹の野生動物の成長物語として語りながら進んでいきますので、とてもイメージがつかめます。キングペンギンのアーシュラ、ブチハイエナのシュリンク、ザトウクジラのソルト、ハイイロオオカミのスラウツの4匹です。発信機が取りつけられ、行動状況を追跡していくのです。
捕食者の怖さを知らないというのは、ヒトの若者が、ほとんど何の経験も積まずに外の世界に出ていくときの状態でもある。彼らは何が危険なのか区別できない。たとえ危険だと気づいても、どう対処したらいいかわからないときが多い。
若者が危険なことに向かっていくのは動物界全般で観察される。動物は、最後には親の保護がなくなり、自分自身で危険な世界に立ち向かう。
青年期(ワイルド・フッド)の間に情緒面や肉体に迫る危険を経験し、そこから会得したとっさの反応と対処法は死ぬまでその個体の役に立つ。
青年期のひとつの不思議な特徴は、その時期を送る者がみな自分たちこそそうした体験を初めてする唯一の世代であるかのように感じるところにある。自分たちは特別だと感じる年代層がどっと現れるたびに、それを迎えるおとな世代は、こうした若者たちの若さの過剰ぶりに我慢ならないと、いらいらする。
若者の搾取は、青少年を徴兵する制度に如実にみてとれる。この制度は、過去も今も世界中でやられている。古代ローマでは、軍団のうちもっとも貧しく年のいっていない兵士の若者は、「飛び道具歩兵」や「近隣歩兵」の部隊にまわされた。戦いの経験もなく、強い武器も持てず、一番危険な最前線にやられた若者たちからは多大な死傷者が出た。
動物の集団が大きくなるほど、そのメンバーは安全になる。
変わっているというのは、動物にとって危ないこと。捕食者の関心を引くのは、目立ちやすさ、風変わりなこと。
動物は絶えず、「不採算性の信号」を送る。襲いかかろうとする相手に、自分をねらっても割にあわないことを伝える。おまえの行動は、とくにお見通しだという信号を出す。
オオカミに自分の子を殺された母親バイソンは、次に子どもを持ったときは、子どもを失ったことのない母親よりも警戒心が5倍以上も強くなった。
青年期は孤立して過ごしてはいけない。仲間がいないまま大きくなった動物は、現実世界で必要な身を守るためのスキルを身につけることができない。子どもをあまりに長く保護したまま、捕食や危険や死について学ばせないのは、ヒトでもほかの動物でも、親のおかす最悪の誤ちとなる。過保護にするのは子どものためにならないということですね...。
ヒトの社会では、幼児や年少の子ども時代は、階級についてよく知らないで過ごすことがある。しかし、青年期に入ると、階級、序列、ステータス、地位が急に鮮明になる。青年期の最大の難関は、恵まれない境遇に生まれた者が不当に扱われるおとなの世界に入ることだ。
ステータスの上昇は、動物の生存チャンスを高める。ステータスと気分とは、つながっている。勝者は勝ちつづけ、敗者は負けつづけ、敗北の連鎖反応はしばしば止まらない。戦いに負けた個体は、それ以後の勝負で攻撃性がぐんと低くなり、さらに負けやすくなる。いじめは、ほとんどの場合、ステータスを得るため、また維持するために行われる。自然界には、公平な条件での競争の場はない。親の序列の継承は実際に行われている。
動物の性教育は、交尾に関してではなく、コミュニケーションのほうに力が注がれる。おとなになるには、自分自身の欲求を表現し、相手の欲求を理解する方法を習得しなければならない。
カメ(ズアカヨコクビガメ)のメスは、セックスのために近づいてきたオスのうち実に86%を拒む。
若者が親元から離れて自立することが分散という。その行動は、家族メンバー間の親近交配を防ぐ利点がある。しかし、分散する若者たちは、しばしば危険に遭遇する。
青年期の特質なるものは、ヒトだけでなく、パンダや鳥や魚まで、あらゆるものに該当することを知り、とても勉強になりました。
(2021年10月刊。税込3300円)