弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2022年1月16日

ジャズ、よもやま話

人間


(霧山昴)
著者 ミキ 、 出版 自費出版

ジャズ・ストリート52という空間に遊ぶ。こんなサブ・タイトルのついた美的センスのあふれる小さな冊子です。
ジャズ・ストリート52(Jazz Street 52nd)は、1968年創業の北九州にあるジャズ喫茶。この店は静かにレコードを聴いて、静かにお酒を飲む店。
マスターが客に媚(こ)びることなく、自らこだわりの音を提供し、客はそれを心ゆくまで享受できる。店を営んでいるマスターは、グラフィックデザイナーになったあと、26歳のときジャズ喫茶を始めた。店には何千枚ものレコードがある。
マスターはマティーニをつくる。少し口径の小さい逆三角形のグラスにオリーブを入れ、ミキシンググラスから注いで、最後にレモンの香りを移す。キリっと辛口ののど越し、微かなレモンの香りが鼻を擽(くすぐ)る。
マスターは、レコードをジャケットから取り出してプレーヤーを置く。レコードの埃を払い、針を下ろす。そして、プレーヤーとプレーヤーの間にジャケットを立てかける。レコードの針は兵庫県の山あいの工場で職人がひとつひとつ作っている特別仕様のもの。
マスターは、レコードに針を下ろすという仕事を一生の仕事として選んだ。
音楽を聴くというとき、音は機械だけでつくるものではない。店の広さ、客の聴く位置、それらみんなひっくるめての総合芸術だ。
この店では、「常連客」になるには40年もの年月が必要。2年前から通っている著者は、まだピヨピヨ、ひよっこにもなっていない。
ジャズ喫茶には不文律がある。私語厳禁。初心者はスピーカーの真ん前の席に座ったらいけない。客には序列がある。
マスターは、VANのモデルをしたことがある。VANのモデルというのは、今でいうメンズノンノのモデルのようなファッション・アイコンを意味する存在。映画俳優にならないかとスカウトされたこともある。
人生の楽しみの部分、そのほとんどが無駄といえば無駄な部分だ。大いなる無駄な時間のなかで生活の潤いが生まれる。
静かに流れるような心優しい文章とあわせて、著者による見事な水彩画が添えられ、心をなごませてくれる一時(ひととき)を与えてくれます。
コロナ禍の下で、ギスギスしがちな日々に、ほっと一息いれさせてくれる素敵な冊子でした。マスターの名前は林直樹さん。著者である原田美紀先生に心からの拍手を送ります。
(2021年12月刊。非売品)

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