弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2021年11月12日

檻の中の裁判官

司法


(霧山昴)
著者 瀬木 比呂志 、 出版 角川新書

私より6歳ほど年下の著者の本は何冊も読んでいますが、巻末の著者紹介によると、私の読んでいない本が何冊もあることを知りました。この本は本年6月に続いて2回目の紹介になります。2度も読んだのです。
著者は裁判官として33年間を過ごし、そのあいだに最高裁事務総局にもいましたので、最高裁による裁判官の人事統制の実情については、内側から知る立場にもいたことになり、説得力があります。私は、著者の指摘は、おおよそあたっていると考えていますが、何かしらの違和感が絶えずつきまとっているのも事実です。そこの感覚を自分でも文字化できないところにもどかしさを感じています。
それまで比較的良心的でいい裁判官だった人が、所長になったら豹変(ひょうへん)することが、時にある。福岡では、あまりそれを感じたことはありません。おしなべて福岡地裁の所長には、いわゆる人格者が就任しているからです。
「お殿様的な高裁の裁判長」というのは、もうそれ以上「上」にはいかず、転勤もないので、「心穏やかに安心していられる地位にある」。定年間際の高裁の裁判長が世間的にあっと驚かす判決を書くことがあります。いいことなんですが、なんで、もっと早く、それを実行してくれなかったのか...という思いが、いつもあります。これは、ないものねだりなのかもしれませんが...。そして、良い判決が出ると、うれしくなります。
近年の裁判官の不祥事で目立っているのは、性的非行関係だという指摘には、まったく驚いてしまいました。ええっ、そ、そうなの...、という統計です。これには著者も大きなショックを受けたとのこと。そりゃあ、そうですよね。
裁判官会議は、実際上、完全なセレモニーと化している。もし、何か意見でも言おうものなら、所長から目のかたきにされ、評価に影響し、集団の中で孤立しかねない。むむむ...、本当に、そうなんでしょうか。まあ、そうなんでしょうね...。
東京地裁の所長代行は選挙で選んでいたそうです(今も、でしょうか...?)。このとき、誰に投票するか上から指定される完全な八百長選挙だった。こんなことが、本当に今も続いているのでしょうか...、ぜひ、教えてください。
裁判官だって、「人の子」だという心理が説明されています。たとえば、自分より優れているとは思えない後輩たちに先を越された時の裁判官たちの嘆き...。やっぱり認められたいよね、ちゃんと処遇してもらいたいよね、という当然の声が上がっている。当然ですね...。
この本を読んで、「怖さ」を感じたのは次の文章です。いえ、これは著者に対する「怖さ」では決してありません。そうではなくて、システム化されていることの恐ろしさを感じた、ということです。
「報復は必ず行われるが、いつ、どのようにして行われるのかはまったく分からない」というシステム(ルール)だ。このシステムは、人を極端に委縮させる。
この本で知って、問題だと思ったことは、最高裁判事のあと、原発裁判をかかえている東芝や東京電力に就職した人がいるというのです。これって、いやですよね。もう、そんなにお金は必要ないはずなのに、まだお金に執着する人がいるんですね...。嫌です、いやです、いったい誰なんでしょうか...。
東京地裁の労働部の裁判官に求められるものは、能力でも識見でもなく、法廷での精神的にまいってしまわないこと。な、なーるほど、ですね...。
多くの場合、きわめて保守的で、訴訟指揮も厳しい裁判官が部長になるが、たまに苦労人で話のわかる、かつ打たれ強い人を部長にする。権力というのは、それほどしたたかなものだ。この指摘は、きっとそうなんだろうなと納得しました。
みずからの良心を貫く判決の書ける裁判官がどれだけいるかという問いに対して、5~10%という答えがかえってきたとあります。これは、実は私の実感にもあっています。本当に、ときとしてそんな裁判官にあたることがあり、そのときには、裁判官も、まだまだ捨てたものではないなと思い直して弁護士を続けています。
弁護士任官がうまくいってないのを、著者は、最高裁の外向けのポーズに弁護士会がいちおう協力している傾向が強いと指摘しています。この点にはその手続に長く関わってきた一人として異議があります。弁護士会の責任を論する前に、裁判所は、自分の風土にあわないと思った弁護士が参入しようとするのと、それを全力で阻止してきたし、阻止しているのが現実なのです。だから、裁判官改革がまだまだ不十分だというのは私も同感なのですが、著者は、その点の十分な事実認識がないように思われます。でも、大変勉強になる本でした。
(2021年3月刊。税込1034円)

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