弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2021年10月31日

輝け!キネマ

人間


(霧山昴)
著者 西村 雄一郎 、 出版 ちくま文庫

著者は佐賀出身で、今も佐賀大学で映画論を教えているようです。私たち団塊世代のすぐ下ですから、映画館全盛時代も味わっているはずです。
私の子どものころの映画館では、鞍馬天狗の嵐寛寿郎が馬を走らせて満員盛況の観客が総立ちとなり、一斉に拍手し、声援を天狗に送るのです。スクリーンの向こう側(といっても布一枚でしかありませんが...)と観客席が一体となって、興奮のるつぼに浸っていました。無事に悪漢たちから助け出すと、満足、満足、大満足の気分に浸って映画館をあとにしました。
『七人の侍』は、なんといってもピカイチの日本映画ですよね。あの雨中のなかの戦闘シーンといい、最後の平和な農村の田植え光景といい、一見すると、馬鹿で非力の農民たちが、実はたくましく生きのびる力を持っているなんて、いやはや、歴史を見る目を一変させますよね...。世界的にも評価が高い映画だというのは当然だと私も思います。
著者は、小津と原節子、溝口と田中絹代、木下と高峰秀子、そして黒澤と三船敏郎の関係を論じています。
小津安二郎と原節子は男と女の恋愛関係、しかし、忍ぶ恋のようなプラトニックな愛。溝口健二と田中絹代は溝口の片思いに終わった。木下恵介と高峰秀子は、お互いが引き寄せられた。黒澤明と三船敏郎は、男と男の関係で、反発しあいながらのものだった。
女優を美しく魅力的に撮るには、そこに尋常ならざる愛情・信頼関係が介在していたからにちがいない。
溝口健二は、役者の演技に対して、ただ「違います」としか言わない。何度やっても「違う」を繰り返すので、役者が切れると、溝口はこう言った。
「あなたは役者でしょ?それで給料をもらっているんでしょ?自分で考えなさい」
いやあ、こ、これは困りますよね...。役者は、一体どうしたらいいのでしょうか...。
でも、そう言われると役者は自分の頭で考えるしかありません。じっくり、人物の人となりを理解したうえで演じるしかない。そうすると、自然に役者としての腕前は上がってくる。うむむ、なるほど、そういうものなんでしょうね...。
高峰秀子は、どこか冷めていて、女優で食っているのに、どこかその女優という職業を軽蔑し、クールに見つめていたのではなかったか...。
木下恵介は『二十四の瞳』、『喜びも悲しみも幾歳月』を撮り、リリシズムあふれる叙情派の監督と思われがちだが、実はまったく正反対のリアリストだ。
逆に、黒澤明のほうが涙もろい、センチメンタリストだ。
木下恵介は、「女って面白いよね。自分でも意識してないで、非常に複雑なものを持っているでしょ。男だったら、腹の中なんて、たかが知れている」と言った。そして、黒澤明の「男って、みんな単純でしょ。バカじゃないかと思うくらい単純」だと評した。
ところが、黒澤明には、この単純さ、シンプルさがあったおかげで、国際的に受け入れられた。それに対して、木下恵介のほうは、外国人には分かりにくくて、日本の評価は高くても国際的には評価されなかった。うむむ、なーるほど、ですね...。
1998年9月6日、黒澤明が亡くなり、その葬儀の参列者は3万5千人。同年12月30日、木下恵介が86歳で亡くなり、翌1月8日の葬儀の参列者は600人。いやあ、こんなにも違うものなんですね...。
黒澤明は、世界のクロサワです。フランスでもロシアでも...。そんなことも知りました。映画愛好家の私には、たまらない文庫本でした。
(2021年6月刊。税込880円)

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