弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2021年10月27日

ナチスが恐れた義足の女スパイ

フランス


(霧山昴)
著者 ソニア・パーネル 、 出版 中央公論新社

アメリカ人がイギリスに協力してナチス統治下のフランスに潜入してスパイとして大活躍していたという実録ものです。その名は、ヴァージニア・ホール。伝説の諜報部員ですし、戦後まで奇跡的に生きのびて栄誉も受けているのですが、一般に広く知られているとは言えません。それには、フランスのレジスタンス運動内部の対立、そしてイギリスから派遣された工作員同士でも、やっかみと足のひっぱりあいがあったことも影響しているようです。
スパイ(特殊工作員)として行動するには信頼できる協力者を獲得しなければいけませんが、信頼できる相手と思って頼っていると、ドイツ側との二重スパイだったりするのです。ほんのちょっとした油断が生命を失うことに直結してしまう、あまりに苛酷な世界です。フツーの人だったら、神経がすり減ってしまいます。
そして、スパイをして入手した情報をイギリスに報告できたとしても、その情報を受けとって評価し、対応する側がきちんとしないと意味がありません。たとえば、戦前の日本にナチス党員を装って潜入したソ連赤軍スパイのゾルゲの場合には、せっかくの貴重な情報をスターリンはあまり重視しなかったという話もあります。こうなると、まったく猫に小判ではありませんが、宝のもち腐れです。
でも、ヴァージニア・ホールの場合には、イギリスの特殊作戦執行部(SOE)からは、幸いにも高く評価され、求めた軍需物資やお金、そして薬などが大量に飛行機で運ばれフランスに投下されたとのこと。
そのとき一番必要なのは無線機でした。ですから、この無線機をめぐっては、、ナチス側も無線探知車を使って発信元を必死で探りあて、イギリスから送り込まれた多くの無線技士がナチスに捕まり、死に至ったそうです。
ヴァージニア・ホールがフランスに潜入した当時のフランスは、ドイツが北半分を占領したばかりで、フランス人はあきらめムード、そしてイギリスもどうせそのうちドイツに降伏するだろうという冷ややかなあきらめムード一杯で、とてもレジスタンスなんて無理という雰囲気だったとのこと。なるほど、ですね。フランスがドイツに占領された直後からフランス人がずっとずっとレジスタンスをしていたのではないようです。
フランスのある地方では、住民の少なくとも1割が直接ドイツのために働いていて、密告したらもらえる賞金(上限10万フラン)を得ようとレジスタンスの位置情報を売っていた。フランス解放のために命をかけようとする住民は、せいぜい2%しかいなかった。ところが、連合軍のノルマンディー上陸作戦が近づいたころになると、フランス全土で武器をもってレジスタンスが立ち上がっていた。やはり、そのときどきの情勢が、こんなに国民を動かすのに違いが出てくるのですね。今の日本をみていると、ナチス占領当初のフランスのように思えてなりません。やがて、日本だって、きっと多くの日本人が目をさまして立ち上がってくれるだろうと心から祈るように願っています。
秘密の生活を送るということは、一瞬たりともリラックスできないということであり、常にもっともらしい説明を考えていなければならなかった。生きのびた人々には、生まれながらの狡猾(こうかつ)さと、高度に発達した第六感が備わっていた。
ヴァージニア・ホールはモーザック収容所から12人もの収容者を脱走させることに成功しました。この収容所は私も行ったことのあるベルジュラック近郊にあるようです。私は、サンテミリオンのホテルに3泊したとき、かの有名なシラノ・べルジュラックの町へ列車に乗って出かけたのです。
収容所に差し入れたイワシの缶詰は、再利用可能な金属になる。ドアのカギの型をとるのには、パンを使う。車椅子の年老いた神父を慰問のため収容所に入れたとき、その神父は衣服の下に無線機(送信機)を入れて持ち込んだ。さらに、収容所の衛兵を買収し、また反ナチス運動にひっぱり込んだ。そして、最後はアルコールに睡眠薬を混入して、衛兵を眠り込ませ、ついに収容所から12人が脱走。もちろん、受け皿の隠れ家も用意していて、そこに2週間ほど潜伏したあと、無事に国外へ脱走できた。いやはや、たいしたものです。
ヴァージニア・ホールの最良の協力者の一人は、娼婦の館の経営者である女性でした。娼婦たちも、ナチス軍の情報を集めて協力したのです。残念ながら、これは、戦後、あまり評価されることはありませんでした。
370頁の大作をじっくり味わい尽くしました。それにしても、私にはスパイ稼業なんて、とてもつとまりそうにありません。拷問されたら、いちころで「転向」してしまうでしょうし、あれこれ「自白」してしまうでしょう。なので、必要以上のことは知らないようにしているつもりなのです...。
(2020年5月刊。税込2970円)

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