弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2021年8月31日

須恵村

社会


(霧山昴)
著者 ジョン・F・エンブリー 、 出版 農文協

戦前、日本の農村に若きアメリカ人の人類学者夫婦が1年間すみつき、その実態調査をまとめたという画期的な本です。
訳者の田中一彦元記者(西日本新聞)は、退職してから3年間、この須恵村(現あさぎり町)に単身移住して取材・調査しています。私は、著者の妻エラによる『須恵村の女たち』に大変なショックを受けました。ぜひ、この本とあわせて読んでみてください。
須恵村は、米や麦、そして蚕による生糸を生産している。野菜は大根とサツマイモ、そして大豆。サツマイモとキュウリは男根崇拝の象徴。そして豆は女性器と同じ意味を有する。
宴会のときは、魚、ときに鶏がつく。タンパク質の多くは大豆でできた味噌汁、しょう油、豆腐からとる。馬や牛は飼われているが、荷物の運搬に使われるだけ。牛乳は汚いと考えられ、医師の処方で飲まれるのみ。豚肉も食べられない。豚の飼育は都会に売るためのもの。
村には大地主はいない。須恵村の男性は、ほとんど村の生まれだが、妻のすべては須恵村の生まれではない。
戸主の言葉は法。主人は最初に風呂に入り、一番に食事をし、焼酎を飲み、いろりでは特別の席にすわる。妻には必要に応じて家計費が渡される。
債権者が来ると、男は妻と離婚して、財産を彼女の名義にして、自分は無一文になる。あとで、男は離縁した妻と再婚する。
娘を芸者や売春婦に売るのは、父親の特権。娘は同意を拒否する立場にない。
養子縁組も、結婚と同じように、最初の1年ほどは、お試し期間を設ける。
村には、結婚していない成人は、ほとんどいない。寡婦は再婚するが、亡夫の弟と再婚することが多い。寡夫は、先妻の妹と結婚することがある。非嫡出子をもつ女性は寡夫と結婚することが多い。寡婦は特別な社会的地位にある。再婚しない限り、きちんとした社会的地位は不安定。性的に自由である。
農作業では、夫も妻も同じように働くので、農家では商店よりも女の地位が高い。
女が参加する宴会も多く、酒が入ると、やがて踊りは性的な性格を帯びてくる。ふだんおとなしい女性も踊りに加わり、即興の歌詞にあわせて、尻を前にぐいと突き出しながら踊る。男は、杖を男根の代わりに使い、それをほめそやす歌をうたう。この余興は、集まった来客に爆笑の渦を起こす。踊りでは、人々、とくに女たちは、物真似や風刺の驚くべき感性を発揮する。
田植えは厳しい共同作業。10人から15人の若い男女が一列に並んで作業する。単調な作業は、絶え間ない冗談、それも卑猥な話によって和らげられる。
須恵村では、頼母子講が盛ん。
須恵村で娘を芸者に売った男が8人いるが、社会的地位が高くない男たち。農業の社会的・経済的基盤の上に家族をつくろうとする人は、貧しくても決して娘を売ることはしない。
売られた娘は決して村には戻ってこないし、結婚することもほとんどない。
一般的に、子どもたちはひどく甘やかされている。
夜ばいの習慣があるが、娘たちには受け入れることも拒絶することもできる。
「三日加勢」という、三日間のお試し結婚がある。娘だけ3日間、男性の家に泊まる。もし結婚に至らなくても、どちらも世間的には顔をつぶされたことにはならない。
須恵村には医者はおらず、子どもの死亡は多い。
須恵村の生活にボスはいない。自治的で、民主的。
戦前(昭和10年から11年、1935年から1936年)の熊本の農村の生々しい状況が手にとるように分かる本です。写真もたくさんあり、興味深いこと、このうえありません。ぜひ、ご一読ください。全国の図書館に必置の本だと思います。
(2021年5月刊。税込4950円)

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