弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2021年8月 5日

約束の地(下)

アメリカ


(霧山昴)
著者 バラク・オバマ 、 出版 集英社

オバマ元大統領の回顧録の下巻を読んで、ショックを受けました。
オサマ・ビン・ラディンの暗殺はオバマの指令によって発動したものだったのです。これまでCIAなどが暗殺作戦を企画し、大統領として仕方なく決裁したように考えていましたが、逆でした。9.11の被害者・遺族の心情を考え、その報復として暗殺作戦をオバマが始動させたというのです。
凶悪犯罪をおかした人間を裁判にかけることなく一方的に殺害してよいというオバマの発想は、彼が弁護士だったことに照らしても、まったく理解できません。そして、殺害地はアメリカ国内ではなく、国外のパキスタンです。パキスタンには事前の了解なしに暗殺を実行する軍事要員をヘリコプターで送り込み、さっと引き揚げたのです。以前あったように軍事要員たちが暗殺に失敗し、パキスタン軍ないし警察と銃撃戦になったとき、その責任をどうやってとるのか、どんな弁解が法的に成り立つのか、大いに疑問です。現に、ヘリコプターの1機は建物に衝突して、危うく墜落寸前になったのでした。
「ビン・ラディン追跡を最優先課題にしたい」
2009年5月、オバマは顧問数名に告げた。オバマには、ビン・ラディン追跡を重視する明白な理由があった。この男が自由を満喫している限り9.11で命を失った人々の家族の心痛は消えず、アメリカが侮辱され続けることになるからだ。
オバマは、また、ビン・ラディンの抹殺は、アメリカの対テロ戦略の方針を転換するという目標に欠かせないものと考えていた。テロリストたちは妄想に支配された危険な殺人鬼でしかないということを世界にそしてアメリカ国民に知らしめたほうがいいと考えた。彼らは、拘束、あるいは死刑に値する犯罪者だ。ビン・ラディンの抹殺ほど、それを知らしめるのにいい方法はないとオバマは考えた。
私には、この論理はまったく理解できません。なぜ、「拘束・裁判・投獄」してはいけないというのでしょうか...。ナチスの犯罪者であるアイヒマンをイスラエルはブラジルから違法に拉致しましたが、それでもイスラエルの法廷で裁判にかけたうえで死刑にしました。
アメリカがイスラエルのような方法をなぜとらなかったのか、オバマの「弁明」は違法な暗殺作戦を合法化できるものではないと思います。
オサマ・ビン・ラディンをアメリカ国内に連行して裁判にかけたとしたら、その安全対策のために途方もない費用がかかると思います。それでも、それなりの「対話」が生まれることも間違いありません。
オバマには、オサマ・ビン・ラディン暗殺について、ドローンを使った小型ミサイル攻撃も選択肢の一つだった。しかし、それでは、ターゲットがオサマ・ビン・ラディンなのかどうか確証が得られないうえ、その周囲にいる女性や子どもたち20人以上も一挙に殺害してしまうことから踏み切れなかったというのです。
ちなみに現アメリカ大統領のバイデンは奇襲攻撃に反対したとのこと。失敗したときの影響の大きさを考えての心配からです。
ターゲットがオサマ・ビン・ラディンだというのは、5分5分の確率だったのです。オバマとアメリカは、本当に危ない橋を渡ったのでした。
オバマは大統領在任時にノーベル平和賞を受賞しました。この回顧録を読んだ私の印象は、そのことをあまり喜んでいないのが意外でした。
大統領としてのオバマへの期待と現実とのギャップが広がりつつあることに思いをめぐらせた。オバマは、平和の新時代をもたらすのにひと役買うどころか、さらなる兵士をアフガニスタンの戦場へ送り込むことになることに思いをめぐらした。
オバマ・ケアなど、オバマが一生懸命努力したことは高く評価したいと思いますが、オバマも「アメリカ帝国主義」の考え方にどっぷり浸った人物であることも改めて認識させられた回顧録でした。もちろん、問答無用式のトランプなんかより、議論が成り立つだけ、はるかに良い大統領ではありましたが...。
(2021年2月刊。税込2200円)

  • URL

カテゴリー

Backnumber

最近のエントリー