弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2021年7月31日

カランヂル駅

ブラジル


(霧山昴)
著者 ドラウジオ・ヴァレーラ、 出版 春風社

タイトルに駅とついていますが、刑務所の話です。
1992年10月2日、ブラジルはサンパウロカランヂル刑務所で、収容者111人が軍警察によって虐殺された。この事件は、私もうっすらとした記憶があります。
著者は、この刑務所に志願して医師として働いていました。刑務所における収容者たちの素顔をそのまま紹介しています。私はみていませんが、映画にもなっている(2003年。日本は未公開)とのこと。機会があれば、ぜひみてみたいです。
7000人もの収容者をかかえる刑務所でしたが、今は存在しません(2002年に閉鎖)。
刑務所には、さまざまな掟があり、収容者による自治が「確立」していて、刑務所当局も、この「自治」を尊重しながら、毎日、なんとか運営していた。圧倒的に少ない職員で、刑務所を平穏に運営するには、「自治」に頼るしかないのでしょうね...。
この刑務所では、紙に書かれていない刑法によって、厳格に統制されている。
借金を返す。仲間を売らない。他人の客は尊重する。身近な男の女には手を出さない。連帯と相互の利他主義を実践する。これらのことが囚われた男たちに尊厳を付与する。求められた礼を欠いたときには、社会的な軽蔑、肉体的罰、ときには死刑によって罰せられる。
「犯罪者の世界では、約束の言葉は軍より力を持つ」
掟を破ったものは「死刑」にもなる。この処刑は大勢が関わる、公然としたものなので、まさしく秩序維持の一環だった。そして、刑務所の房(部屋)も所有者がいて、有料で賃貸されていた。刑務所内では、すべてがお金で動く。基本通貨はタバコ。
刑務所の外から女性が訪問して、部屋でセックスできる。これは誰も邪魔することは許されない。他人の女性に手を出すことは厳禁。違反した罰は厳しい制裁。
まあ、それにしても刑務所内で医師として長く働いた(働けた)というのは、著者の人徳なのでしょう。
この刑務所には、いくつかの5階建ての棟があり、棟のなかの房(部屋)は朝に開錠され、夕方に施錠される。日中は収容者は自由に敷地内と通路を移動できる。他の棟へいくには通行証がいる。
房ごとに所有者がいて、市場価格がある。一番安いのは150から200レアル(5棟)。もっとも高いのは2000レアル(8棟)。上等なタイルが使われ、ダブルベッドと鏡がついている。
デンプンと脂肪だけはふんだんな食事のため、収容所は運動不足もあって、肥満になる。
房で盗みに入って見つかると、「牢屋のネズミ」のレッテルを貼られ、お尻をナイフで切り刻まれる。
この刑務所の収容者の17%がHIVに感染した。コカインの静脈注射によるものと、トラヴェステ(同性愛者)の8割近くが感染した。
清掃班がいて、所内を統制している。だから所内は清潔だ。
刑務所内の秩序は清掃班によって維持される。そのリーダー(統括)は、腕っぷしが強いわけではない。むしろ、寡黙で、非常に良識を備えている。争いを仲裁し、みんなを統率する能力を有していたことから選ばれる。ここでは、リーダーは、正しい声を聴き分け、仲間と話し合いができ、力を持つために団結させることができる人間がなる。
看守には、収容者をまとめるキーパーソンと連携できる能力が、刑務所の平穏と自分の身の安全のために欠かせない。看守の仕事の本質は、権謀術数を用いて、「悪党」どもを分裂させて統治することにある。
刑務所では、レイプ魔は忌み嫌われ、憎しみの対象となり、それが判明したら、生きていくのは難しい。
仲間を売るより、他人の罪をかぶるほうがいい。無実の罪を着せられたときには、真犯人が、その恩に報いるために、骨折ってくれる。刑務所にいる収容者には冤罪だらけだ。
いやあ、ブラジルの刑務所の驚くべき実態を実に詳細に知ることができました。でも、人間って、どこでも同じなんだな...、とも思いました。350頁の本を一気読みしました。一読の価値ある本です。
(2021年3月刊。税込3960円)

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