弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2021年7月18日

消えた依頼人

司法


(霧山昴)
著者 田村 和大 、 出版 PHP

NHK報道記者から弁護士になった著者によるミステリー小説。ぐいぐいと引きずり込まれ、最後まで読ませる迫力があります。ミステリー小説なので、読んでいない人には、ネタバレにならず、読んでみようかなと思わせるほどに紹介してみたいと思います。うまくいくかな...。
「俺」は東京の弁護士で、事務所は地下鉄丸の内線の新中野駅の近くのビルの4階にある。大学の先輩にあたる女性弁護士と2人だけの共同事務所。
「俺」は25歳で弁護士になり、「ブティック」に類型化される法律事務所に5年間つとめていた。ボス弁は、株主総会対策で名を上げていて企業法務の世界に橋頭堡を築き、今や数十の上場企業を顧問先にかかえる。ええっ、これって、なんだか有名な久保利弁護士を連想させますよね。ところが、ボス弁は、大変なパワハラ弁護士で、事務所の弁護士30人は、常に変動していた。ええっ、そ、そうなると、違うかな...。それはともかく、この元ボス弁が、この本では悪しきキーパーソンになっています。
私選の刑事弁護費用について、「俺」が被疑者に提示する金額を紹介します。
まず、初めに100万円。死体遺棄や殺人で再逮捕されるごとに30万円を追加。ここまでが着手金で、最大160万円。逮捕された全部の罪について起訴されなかったら、成功報酬として100万円。どれか一つでも起訴されたら、その段階での成功報酬はなく、追加着手金をもらう。殺人が含まれていなければ50万円。含まれていたら100万円。裁判員裁判は手間がかかるから...。そして、裁判で無罪になれば成功報酬として200万円。つまり、殺人で起訴されて無罪になったら、弁護士費用の合計は最大で460万円になる。
「俺」は、国選弁護人に頼んだらどうかと被疑者にすすめています。国選弁護人も裁判員裁判で無罪を主張して争ったら、コピー代請求できるうえ、あまり変わらない金額を弁護士報酬としてもらえることがあります。しかも、この場合、決められた金額をもらえないという心配は無用です。私選弁護人は、報酬のとりっぱぐれのリスクをいつだって覚悟しておく必要があります。そこが決定的に違います。
そして、弁護人は、依頼人との関係で微妙なことがしばしばあります。私は、一般に、すぐに返金できる金額しか着手金をもらわないようにしています。嫌な依頼人だと思ったら、すぐ全額返金して縁を切って、せいせいしたいのです。
この本では、その点がもう少し深刻です。それがタイトルにもなっています。
この本には福岡高裁判事の妻がストーカー行為をしていて、県警が摘発しようとしたら、地検が地裁と一緒になって握りつぶそうとした福岡事件が久しぶりに登場します。
そして、高裁判事のなかには、裁判長は別格だが、左か右陪席には、能力あるいは素行に問題のある中堅の裁判官を氷漬けする部署だということがある。これは、私も福岡で何回か実際に見聞しました。高裁は、いわば教育・反省の場なのです。この機会を逸したら、再任は望めません。
問題裁判官を異動させ、代理人弁護士との取引に応じる役割を最高裁事務総局秘書課がするというストーリーですが、これは本当なんでしょうか...。でも、実際、これくらいのこと、ありそうですよね。というわけで、ええっ、こんなこと本当にありうるのかな...と、首をかしげながらも、結末を知りたくて珍しく自宅に持ち帰って最後まで読了しました。
巻末の著者略歴で、「このミステリーがすごい」大賞、優秀賞を受賞したほか、いくつも小説をかいていることを初めて知りました。失礼しました。今は福岡で活躍中の弁護士です。
(2021年3月刊。税込1870円)

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