弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2021年7月16日

喰うか喰われるか

社会


(霧山昴)
著者 溝口 敦 、 出版 講談社

山口組との取材つきあい50年の著者、本人も息子さんも山口組から刺されたこともある著者の半生(半世紀)を振り返った本です。
裁判の合い間、待ち時間にカバンから取り出したら、あまりの面白さに、裁判なんてそっちのけにしたいくらいになりました(もちろん、ちゃんと応答はしました。メシのタネですから...)。結局、何件かの裁判の合い間と終了後に読みふけり、ついには自宅に持ち帰って食後、一風呂あびて汗を流してさっぱりしたところで、結末まで読み通しました。
著者は山口組だけでなく、細木数子の正体を暴く連載記事も書いているそうです。細木数子については、本人自身がヤクザな人間であり、著者の取材を止めるため、現職の暴力団幹部2人を使い、それに失敗すると、6億円もの損害賠償請求を著者にではなく、講談社のみを被告として提訴してきたのでした。著者は、やむなく訴訟参加して、細木数子に逐一、詳細な反論をしたのです。すると、結局、細木数子は訴を取り下げざるをえませんでした。
著者の山口組の取材は、警察情報ではなく、幹部から直接聞き込みをしています。ですから取材源は絶対秘匿です。著者の口が固いことを見込んで、話してくれる幹部があちらこちらにいたのでした。
それにしても、この本のなかに大牟田を基盤としている九州誠道会(今は浪川会)のトップ、浪川政浩会長の名前を見たときには驚きました。山健組の意向を受けて著者と山健組との裁判の和解に向けた動きの仲介に乗り出したという話です。もちろん浪川政浩本人が出てくるのではなく、その意を受けた事業家が表に出てきてのことです。浪川は山健組の井上邦雄組長と非公表の兄弟分だというのでした。ただ、この和解はまとまりませんでした。そして、著者は井上邦雄組長について、何回も「男になれるチャンス」に出くわしながら、一度として腹を括った行動に出れなかった人間として鋭く批判しています。すべて御身大事の、その場しのぎの保身だったという手厳しい批判です。なので、井上邦雄をトップとする神戸山口組から「任侠山口組」が分裂していったと解説されています。
著者は取材の過程で、カネと性サービスは受けとったことがないそうです。それは、先輩からの「受けとったら記事が書けなくなる」というアドバイスを守っているのでした。
ノンフィクションの書き手として、一番大事なのは、事実に対するまじめさだ。なーるほどですね。ただし、著者は飲食の接待は受けています。これは、なるべく「お返し」する、おごったこともあったようですが、バランスを欠いた接待もあったのでした。なにしろ、銀座で1晩に200万円は暴力団幹部が使っただろうという接待も受けた場面が紹介されています。
そして、取材し、連載途中で、脅迫を受けています。そんなときには、自分一人で動いているわけではない、編集部で決めることと言って逃げることもあったとのこと。
著者の母親(故人)は共産党員で、目立ちたがり屋の面白がり屋で、葬式には日本共産党地区委員会から花輪が届けられた(この花輪の代金は実は母親が出していた)。そして、著者が山健組から刺されたとき、「溝口は共産党員だ。あの事件は迷宮入り」と公安ルートが放言して、まともに捜査しなかったとのこと。ひどい話です(著者は共産党員ではありません)。
渡辺芳則(山口組五代目組長)は組長の器ではなかった、殺された宅見勝が山口組を仕切っていたという内幕話も興味深いものでした。
まあ、ともかく並大抵の、生半可な度胸では山口組のノンフィクションなんて書けないと実感させられた本でした。著者のますますの健筆を大いに期待しています。
(2021年5月刊。税込1980円)

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