弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2021年7月15日

JUSTICE、中国人補償裁判の記録

中国・日本史(戦前)


(霧山昴)
著者 中国人戦争被害賠償請求事件弁護団 、 出版 高文研

裁判の記録というタイトルから、なんとなく無味乾燥な記録ものというイメージをもって読みはじめました。すると、たちまち、そのイメージはぶっ飛び、いろんな意味で大変困難な課題に若き日本人弁護士たちが中国そして日本で苦闘し、少しずつ成果を勝ちとっていったという、人情味いっぱい、血わき肉踊るとまではいきませんが、日本と中国の関係を下から何とかいい方向に変えようとがんばった苦労を、ともに味わっている気分にさせてくれる本でした。その意味で、タイトルをもっと今どきの若者向きに、読んでみようと思わせるものにしてほしかったです。しかも、製本まで固くて、これでいったい日本の若者は手にとって読んでみようと思うのかしらんと、不安に駆られてしまいました。
 いえ、内容はすばらしいし、若手弁護士の大変な苦労が報われていく過程が見事に語られていて、読ませるのです。なので、タイトル・体裁に少し注文をつけてみたということです。ご容赦ください。
日本人(日本軍)が中国で信じがたい残虐な行為を大々的にしたことは消すことのできない歴史的事実です。ところが、多くの日本兵は中国での自らの残虐な行為について、日本に戻ってからは沈黙し、ほとんど語ることがなかった(軍当局は語らせなかった)ことから、良き父、善良な夫が残虐な加害行為なんかした(する)はずもないと内地の日本人は思い込んでいったのでした。ところが、この本には、自ら残虐行為をしたことを認め、犠牲者の遺族に謝罪した勇敢な元日本人兵士も登場します。
加害者は加害行為を忘れようとし、忘れたふりをして沈黙できます。ところが、被害者は忘れようがないのです。自分の母親が目の前で日本兵によって殺されたことを打合せ段階では日本人弁護士にも告げず、法廷でいきなり語ったという場面も紹介されています。
そして、日本人弁護士との打合せのときには適当なつくりごとを言っていたという話も出てきます。手弁当でやってきた日本の弁護士を、現地の人々は当初は信頼できなかったということです。
東京地裁で請求棄却の敗訴判決を受けて中国に説明に出かけた泉澤章弁護士は、中国側の激しい非難・攻撃を一身に受けることになった。いわば当然の状況ですが、それでも、中国人原告のなかに泉澤弁護士をかばってくれる人がいたことも紹介されています。
国家無答責の法理というものがあり、日本の裁判所の多くが、これに乗って原告らの請求を棄却した。この法理は、国の権力的行為によって生じた損害について、国は賠償責任を負わないとする考え方をいう。戦後、国の責任を認める国家賠償法が制定されるまで、国の賠償責任は否定されていた。ところが、この法理は、実は確固不動の法理ではなく、明治憲法下の判例の積み重ねによって徐々に形成されたものにすぎない。明治憲法ではなく、日本国憲法の下では、戦前の判例に絶対的に拘束されるのはおかしい。
芝池義一・京都大学教授の明快な意見書は、まったくもって、そのとおりです。
そして、もうひとつの壁は、「時の壁」。つまり「除斥」(じょせき)。これは、20年たっているから、もうダメだというもの。でも、裁判を起こしたくても起こせないような人たちに、「20年たったからもうダメ」と切って捨てるのは、あまり酷すぎる。これを打ち破るには、被害者・遺族・原告の置かれている実情を丁寧に聴きとる必要がある。
ところが、言葉の壁もあった。それは、中国の方言を北京語の通訳すら分からず、家族に言い換えてもらって、ようやく理解することになるので、実は日本人弁護士が正確に理解しているという保証はなかった。
それにしても日本の裁判官はひどいですね。国家無答責の法理で簡単に請求を棄却したり、請求権を認めると、「紛争の火種を残すに等しく、将来の紛争を防止するという観点からして有害無益」とした裁判官がいるというのです。呆れた裁判官です。この本の欠点は、そんな裁判官たちの名前が書かれていないことです。
そして、最後にもう一つ。小野寺利孝弁護士は、弁護団に加入するよう呼びかけたとき、「経済的負担はかけない」と保証したとのこと。実際には、どうだったのでしょうか...。請求棄却が相次いでいますから、国から費用をもらえたとも思えません。その点についてどうだったのか、カンパを集めてまかなったというのなら、そのことにも触れてほしいと思いました。
いろいろ注文もつけましたが、大変貴重な労作です。318頁、2500円という、ずっしり重たい本ではありますが、日本の若き弁護士たちが勇敢にも現実と取り組んだことを知って、勇気が湧いてくる本です。法曹を志す若い人たちに広く読まれることを心から願います。
(2021年1月刊。税込2750円)

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