弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2021年5月28日

密約の戦後史

社会


(霧山昴)
著者 新原 昭治 、 出版 創元社

いやあ、世の中には知らないこと、知らされていないことがこんなにもあるのかと、ついつい背筋が寒くなりました。
著者は福岡市内で出生し、日本敗戦を知らされたのは、中学2年生のとき、福岡市郊外の山あいでの塹壕(ざんごう)掘りに駆り出されていたときのことでした。当然のことながら、そのときまでは生粋の軍国少年。戦後は九大で心理学を学び、卒業して長崎のラジオ放送局に入って放送記者になります。そして、長崎で被曝の実態を調べ始めたのでした。ところが、原爆被害については、アメリカ軍の厳重な情報統制下にあって、自由に報道することがゆるされていなかったのです。
当時の記者は、「そんなことを書いたら、沖縄送りになりますよ」とアメリカ軍人から脅されていた。不穏分子と見なされると、沖縄にCIAの秘密基地があって、そこに監禁されていた。GHQが開いた記者会見で、アメリカの将軍はこう言った。
「原爆放射能の後遺障害はありえない。すでに、広島・長崎では、原爆症で死ぬべきものは死んでしまった。9月現在、原爆放射能のために苦しんでいるものは皆無だ」
これって、3.11のあとの安倍前首相の「アンダーコントロール」発言と本質的にまったく同じ。現実を見ないで、被害はなかったものにしようというもの。3.11のあと、たくさんの人々が10年たっても故郷に戻れずに今日に至っていますし、爆発したフクイチ(福島第一原発)の修復作業は放射能デブリの処理を含めて、あと何十年、いや何百年も、きっとかかってしまうでしょう。それほどの難事業なのです。それにしてもアメリカ軍の高級幹部がGHQの承認のもとで、こんな嘘を高言していたとは驚きでした。
アメリカ軍は朝鮮戦争のとき、核兵器を使おうとした。私は、マッカーサー将軍が独断専行しようとしたとばかり思っていましたが、本書によると、違うようです。
実のところ、トルーマン大統領は北朝鮮に核兵器をつかう(投下する)つもりだった。ところが、マッカーサー将軍が、先走って核攻撃をしようとするので、大統領がマッカーサー将軍を罷免した。
1950年8月5日、10機のB29爆撃機がアメリカ本土の空軍基地を飛びたった直後、うち1機が爆発して同機に乗っていた作戦全体の指揮官が亡くなり、重大な核兵器事故を起こした。結局、朝鮮戦争でアメリカ軍は劣勢挽回のために核兵器を使わなかった。それは核兵器の安全性の問題とイギリスなどから猛烈な抗議の申し入れがあったことによる。
そして、朝鮮戦争の後半段階で、アメリカ空軍は、核模擬爆弾投下作戦を繰り返した。
朝鮮戦争のとき、朝鮮での原爆投下作戦はひそかに準備がすすめられた。東京の横田基地と沖縄の嘉手納基地の二つ。アメリカ軍は厚木基地に、1953年、核攻撃任務だけをもつAJ-1サベッジ爆撃機部隊を配備した。
1953年10月には、アメリカ軍の横須賀基地に核爆弾を積んだ空母オリスカニ」が寄港した。同じく、アメリカ空軍は小牧基地に戦術核爆弾であるMK7(重量700キロ)を持ち込んだ。
イントロダクション(導入、移入)とは、固定的・本格的な配備のこと。貯蔵などによる長期の配置状態を言う。エントリー(飛来、立ち入り)とは違うもの。そして、トランジット(通過)とは、核兵器を積んだ艦船や軍用機が一時的に外国に寄港したり、離発着すること。格密約は、日本への核兵器の「トランジット」の自由を保証している。
この日本へのアメリカの核持ち込みを保証している密約は、二本立て。つまり、文書化されたものと、口頭だけのものと、二つある。日本政府は、核持ち込み反対の国民世論に従ったふりをしながら、アメリカ政府と核密約を結んで、日本国民をだましてきた。
アメリカのベトナム侵略戦争のとき、ニクソン大統領は核兵器を使う気だったが、キッシンジャー補佐官が反対したという話が出てきます。1972年4月と5月と、2回あったようです。
沖縄において、いつでも原子砲を使えるようにするための訓練がおこなわれていたのでした。さらに、アメリカ陸軍は、南ベトナムに1000人以上もの核兵器整備要員を常駐させていた。核兵器そのものは沖縄の米軍基地に置いていた。
東北地方のアメリカ軍の三沢基地にあった戦闘機部隊は核爆弾投下訓練をくりかえした。過酷な訓練のため、2年足らずのうちに11人ものパイロットが死亡している。
日本政府は、アメリカ軍による核兵器の持ち込みを許し、黙ってやってくれさえすればいいという態度をとってきたし、今もとっている。そして、日本国民には、核の持ち込みは事前協議の対象になると嘘をついて、国民をだましてきたし、だましている。
まことに腹ただしい話です。どうして、これほどまでに日本の政府当局者と官僚がアメリカに対して卑屈になってしまうのか不思議でなりません。自律した日本人としての誇りが彼らにはまったくないのですね...。
残念な日本の現実を知ることのできる本として、一読を強くおすすめします。とても分かりやすい文章で、内容自体はすらすら読めました。もちろん腹を立てながらですけど...。
(2021年2月刊。税込1650円)

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