弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2021年5月27日

司法はこれでいいのか

司法


(霧山昴)
著者 23期弁護士ネットワーク 、 出版 現代書館

1971年4月5日午前10時40分、23期司法修習生の修了式が司法研修所の大講堂で始まった。守田直所長の開会の式辞が始まろうとしたとき、阪口徳雄クラス委員会委員長が自席で起立挙手して発言を求めた。そして檀上の守田所長に近づき、演壇のマイクを手にもって、「任官不採用者に10分だけ話をさせてあげてほしい」と言った。守田所長は黙って降壇し、自席に戻る。すると司会の中島事務局長が「終了式を終了しまーす」と宣言。開始宣言から終了宣言まで、わずか1分15秒間のこと。
ところが、この阪口委員長に対して、その夜8時半すぎ、司法修習生を罷免するという書面が交付された。罷免理由について、最高裁の矢口洪一・人事局長は国会において、「制止をきかず約10分間混乱させ、式を続行不能にした」と説明した。500人もの司法修習生の目前で起きたことがまったく事実がねじ曲げられたのだ。
司法研修所の教官たち(50人ほど)は、式のあと長時間の会議での議論を経て無記名投票したが、「罷免」という結論ではなかった。にもかかわらず、矢口人事局長の誤った報告をもとに「罷免」の結論がまもなく出され、本人に伝えられた。
驚くべき展開というほかありません。この4月5日の罷免は、その直前の3月に熊本地裁の宮本康昭判事補が青法協会員であることを理由として(当局は認めていませんが...)、再任拒否があったことに直結しています。いえ、それだけではなく、裁判官の採用拒否がずっと続いていたこととも関連しています。
任官拒否は23期から7人、その前の22期で3人、24期3人、25期2人、26期2人、27期4人、28期3人、29期3人、30期2人、31期5人、少しとんで34期2人、35期5人、39期3人、総数53人にものぼった。
私は、この53人の人たちが裁判官になっていたら、その後の日本の裁判所は今とはまったく雰囲気が違うのではないかと確信しています。要するに、自由にモノが言える雰囲気です。
23期で裁判官となり、定年直前に福岡高裁の裁判長(部総括)をつとめた森野俊彦弁護士の体験記が出色です。
森野さんは、裁判官時代、裁判官会議でしばしば発言した。他の裁判官が沈黙しているのを見て、「このような重大問題で何もしゃべらず黙っているのはおかしい」と一席ぶった。すると、翌日、裁判長から「きのう会議で熱弁をふるったそうだね」と揶揄されたとのこと。
そして高裁長官たちから、「おまえはまだお尻が青い...」と言われた(青法協の青のことです)。それでも森野さんはめげずにがんばったわけですが、たいていの人はやはり心が折れてしまいますよね。実際、23期の裁判官でこの本に登場しているのは森野さん一人です。ことほどさように今に尾を引いているのです。
この本を読んで救われるのは、罷免された阪口修習生が2年遅れで罷免を取り消されて弁護士となり、大阪で今も元気に大活躍していることも書かれていることです。
私が司法研修所に入所したのは、23期の修了式のあった翌年でした。守田所長に草場良八事務局長でした。私もクラス委員の一人として研修所側との交渉の場に出席したことがありますが、草場事務局長の、いかにも官僚然として横柄な態度が強く印象に残っています。そのとき私は何も発言していないと思いますが、草場事務局長からすると、今どきの修習生は先輩に対する口にきき方も知らない、生意気な連中ばかりだと内心きっと思っていただろうとも思います。まったくそのとおりです。私は23歳、怖いもの知らずの年頃ですし、東大闘争をふくめた学園闘争を多かれ少なかれ経験していましたので、多少のことには動じないだけの度胸もありましたので...。
この本には、その後の23期の弁護士たちの縦横無尽の大活躍ぶりが語られています。まさしく、「花も嵐もある23期生」です。タイトルにある、司法はこれでよいのかという問いかけに対しては、これでよいはずはないと私は答えます。
(2021年4月刊。税込2200円)

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