弁護士会の読書
※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。
2021年5月13日
再任拒否と司法改革
司法
(霧山昴)
著者 宮本 康昭 ・ 大出 良知 、 出版 日本評論社
宮本康昭氏が裁判官として再任拒否されたのは50年も前のこと。古い話で、現在とはまったく関係ないかと思うと、実は裁判所のなかでは今も明らかに尾を引いている。そして、何より問題なのは、当の裁判官たちに、その自覚がほとんどまったくないということ。残念な限りです。
全体として裁判官は、これまでのいろいろな統制や教育が効いていて、優しくなっている。骨太に自己主張するとか、場合によっては抵抗するとか、そういう姿勢がみられない。
青法協裁判官部会とその後身の如月(きさらぎ)会もなければ裁判官懇話会もないので、個々の裁判官のなかに、裁判官の独立や思想・良心の自由を守っていく、拠(よ)って立つところがなくなり、部内で声を上げる力が出しにくくなっているのではないか。
裁判官の意識と行動について、統制策がかなり効いた。裁判官一人ひとりがおとなしくなった。裁判官魂(たましい)を持てなくなった。裁判官の独立についての明確な認識もなく、行政官化し、またサラリーマン化している。
裁判所は、なかでは裁判官を全人格的に支配する。強権発動しなくても、うまく囲い込んでいける。弁護士会とは、うまく折り合いのつくところは、つけていこうといって、うまくやる。
このように裁判官の意識が変わっていくと、青法協の裁判官は浮いてしまって、仲間が増えない。
裁判官たちは腑抜けになってしまった。司法制度改革のなかで、司法官僚制は昔のまま温存され、根本的なメスが入りませんでした。その結果、「腑抜け」の裁判官だらけになってしまったのですが、本人たちにはまったくその自覚がないというのが恐ろしいです。
司法官僚制が残ったのは、最高裁の抵抗が執拗で、かつ、すさまじいものだったから。
これを市民の側が打ち破ることができませんでした。法曹一元制度、つまり裁判官になる前に必ず弁護士経験を要するという制度にすべきなのです。すでに韓国は、それに踏みきりました。
宮本氏が裁判官だったころ、同期裁判官の半分近くが青法協の会員でした。最高裁の局付き判事補の多くも会員だったのです。それが切り崩しにあって、350人いた会員が1年で200人にまで減ってしまいました。説得、泣き落とし、酒食の饗応、ポストをちらつかせての誘惑、不利益処遇を示唆しての脅し、あらゆる手段が使われたのです。いやはや、そんなことが裁判所内で横行していたのですね...。そして、それを実行した人、また、それにこたえてしまった人が、今度は一転して青法協攻撃をする側にまわったりしたわけです。今、裁判所のトップにいる裁判官たちは、その系統で養成されてきた人たちなので、「腑抜け」になるのも、ある意味では残念ながら当然です。
この本を読んで面白いと思ったのは、関係者のほとんどが実名で登場するところです。思わせぶりな匿名がないので、読んでいてスッキリ感があります。ああ、この人は、こんなことをしたのか、言っていたのか、よく分かります。といっても、私自身が、この本に出てくる裁判官個人を知っているということは、ほとんどありません。
著者は、再任拒否にあったあと、簡裁判事を2年つとめたうえで、東京で弁護士となり、日弁連で司法改革運動の中心人物として、推進の原動力となり、大いに力を発揮しました。中坊公平・元日弁連会長の評価も面白いです。中坊元会長は司法改革は何も知らなかった。そして、間違ったことを高言して周囲を困らせることもあった。しかし、その突破力は偉大なものがあった...。まったくそのとおりでしょうね。
そして、司法改革についても、著者は前向きの積極評価をしています。私も同じ意見です。民事法律扶助は年3億円の枠を長くこえることができなかったが、今では法テラスへ327億円も支出されている。私の事務所でも法テラスの依存度はかなり高いです。そして、被疑者国選弁護、裁判員裁判、裁判官の再任審査制度の新設など、司法制度改革は大きく前進したことは間違いありません。
そして、弁護士が増えたことによって(今は全国に4万人)、一時的には需要が減少したように見えていても、弁護士が増えてアクセス可能性が増大すれば、将来的に需要が大幅に喚起される可能性はあるとしています。これまた同感です。
あとがきを読むと、本書はかなり難産だったようですが、ようやく日の目を見た結果、とてもいい本が出来あがりました。
著者の今後ますますのご活躍を心より祈念します。本屋に注文していたのですが、それが届くより早く著者から贈呈していただきました。ありがとうございます。
(2021年4月刊。税込2200円)
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