弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2021年5月 9日

万葉集講義

日本史(奈良)


(霧山昴)
著者 上野 誠 、 出版 中公新書

万葉集についての驚きの記述にあふれた新書です。
まずタイトルです。たくさんの歌を集めた歌集というのが1970年代までの通説だった。「万」はよろずで、「葉」は言の葉なので、言葉。たくさんの歌をいう。
ところが、「万葉」とは「万世」、「万代」の意味だという有力な学説があらわれた。
そして、さらに「万世・万代」の基本義に「多くの言の葉・多くのすぐれた歌」の意味を重ねたかけことばと考えたほうがいいという説が登場してきた。
著者は、この説を基本とし、たくさんのすばらしい作品を集めた。それは、今がすばらしい世であるからできたこと、そのすばらしい作品が永代に伝わることは、良き世が永く永く続くということ。すなわち、万世に伝われという願望や祝福性を否定する必要はないとしています。なるほど、そうなんでしょうね...。
「万葉集は、素朴でおおらかな歌々を集めた歌集」という通説を著者は打ち破っています。
8世紀半中葉に成立した歌集である「万葉集」は、宮廷のなかで発達した歌々を集めたもの。すなわち、「万葉集」は宮廷文学であり、貴族文学である。
防人(さきもり)の歌についても、無名の農民たちによる国家への不服従の心を実現した抵抗詩とみるのは、明らかに誤っている。防人歌とは、むしろ、律令官人の都と地方との交流によって生まれた歌々であり、東国における宮廷文化の浸透を表象する文学である。
大伴家持の歌は、防人たちとその家族たちの痛みを想像しているものである。
「万葉集」は実は朝鮮語で書かれているというミステリー本についても、著者は誤解だとあっさり切り捨てています。私も「ミステリー本」を読んで、そうなのかなと思っていたのですが...。
多くの渡来人を古代の日本社会は受け入れているのは事実だが、すべて日本語でよまれた歌集として「万葉集」に収蔵されている。
「万葉集」についての数々の誤解を解いてくれる、小気味よく切れ味のいい新書です。
(2020年9月刊。税込968円)

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