弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2021年4月 6日

囚人(黄晳暎自伝)

韓国


(霧山昴)
著者 黄 晳暎 、 出版 明石書店

現代韓国を代表する作家です。ノーベル文学賞候補と言われているとのこと。
私は韓国軍がベトナム戦争に参戦した状況を描いた『武器の影』(上・下)を1989年に読んで圧倒されたことを記憶しています。アメリカの要請を受けて韓国軍はアメリカ軍によるベトナム侵略戦争に加担したのでした。そのおかげで韓国経済は立ち直ったと言われていますが、ベトナムの罪なき人々を残虐に殺したことで韓国軍の悪名が高かったのも事実ですし、韓国人兵士もかなり戦死しています。心身に故障を抱いた元兵士が今も存在するようです。
このように著者は韓国内で名前の売れた作家なのですが、なんと北朝鮮に何回も行っていて、金日成とも会食をともにしたり親しかったとのことです。もちろん、フツーの韓国人がそんなことをしたら反共法違反で逮捕され、有罪なるのは間違いありません。
この本では韓国に帰国して南企部で肉体的な拷問こそ受けなかったものの、眠れないようにされたうえで、延々と尋問が続くという、一種の拷問は受けています。
そして有罪(実刑)となり、教導所と呼ばれる刑務所生活を余儀なくされました。その囚人としての生活が具体的に紹介されているところも興味深いものがあります。
著者は共産主義者ではなく、北朝鮮に何回も行ったからといって北朝鮮を美化することもない。北朝鮮のような社会体制を思想的に支持することはできないと明言しています。平和主義者として、統一を願って行動してきました。韓国が真に民主化されたら、その力で北朝鮮を変えられると信じています。
眠らせずに尋問する程度のことは、拷問のうちには入らない。
ソウル市長として実績をあげていた人権派弁護士の朴元淳も著者の弁護人(3人)の1人でした。セクハラ事件が明るみに出たあと自殺したのはショックでしたし、残念でした。
刑務所(矯導所)には当時、驚くべき肩書の人がたくさんいました。国会議員、高検の検事長、前国防長官、前・現の参謀総長、海兵隊司令官、銀行頭取など...。
食パンを水に着けて、カビを生やさせて、マッコリ(焼酎)をつくっていたというのも初耳でした。そして、隠れてタバコも房内で吸っていたそうですので、こちらも少しばかり驚きました。
著者は、国家保安法上の罪で逮捕され有罪となって下獄したわけですが、この国家保安法は本当にひどい法律です。戦前の日本の治安維持法をそっくりまねて導入した悪法です。広く知られている事実であっても、北朝鮮を利するなら「機密」にあたるという判決が出たのでした。
金日成からプレゼントとしてもらった白頭山産の朝鮮人参を3本も一度に食べたというエピソードが紹介されています。要するに、当局から没収されてしまうくらいなら、食べてしまえと思ったとのことでした。大変読みごたえのある自伝です。
(2020年10月刊。税込3960円)

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