弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2021年2月17日

難民たちの日中戦争

日本史(戦前)


(霧山昴)
著者 芳井 研一 、 出版 吉川弘文館

日本の無謀な大作戦が日本政府トップの無理な指示によるものだというのを改めて認識しました。1944年4月から1945年2月にかけて中国大陸で展開された大陸打通作戦のことです。この作戦は、日本の陸軍史上最大の50万人もの兵力を動員した。それは、日本国民の戦意喪失を防ぐために、アメリカ軍の対日空爆基地をつぶすという大義名分の大作戦。
ところが、実際の参加兵力は41万人、作戦距離2000キロという大作戦は、制空権がないなか、補給もほとんどないという無謀な行軍と戦闘を余儀なくされた。
したがって、現地の日本軍は食糧は現地調達、つまり現地で掠奪するしかなかった。ところが、中国の民衆はほとんど逃亡し去っていて、掠奪すべき食糧は残っていなかった。
また、41万人の日本兵のうち、10万人ほどはほとんど未教育の補充兵だった。食糧が現地調達できない日本兵は下痢、栄養失調、コレラで次々に死んでいった。第58師団は、出発時1万3849人だったのが、敗戦時には7388人と生存者は半分だった。
そして、この無謀な大作戦のきっかけは1942年4月の日本本土初空襲のドゥリットル空襲だった。日本本土がアメリカ軍による空爆の射程内に入ったことは、一般国民に突然、戦争の前面に立たされたという感覚をもたらし、士気に影響するところが大きいと政府当局は判断した。なので、日本への空襲のためのB52の離着陸可能地にある中国の飛行場を破壊することが最優先される作戦が考えられ、実施された。これをリードしたのが東条英機首相だった。
1938年に広東爆撃から重慶爆撃へと中国の都市爆撃を拡大していった日本軍指導者は、1942年の首都東京の電撃空襲を受けて、冷静な作戦の見通しと判断を見失った。
総力戦をうたっていた東条首相以下の日本政府と軍部のトップにとって、国民の継戦意志を確保するため、つまり国民動員のために必要な不可欠と判断した。そこで、現地作戦軍の意向を無視して押し付けた。
しかし、この大陸打通作戦の終末期には、アメリカ軍は中国大陸にある航空基地を利用することなく、日本本土を空襲するようになっていた。すなわち、アメリカ軍は、1944年の6月、マリアナ沖海戦で日本海軍の空母や航空機に壊滅的打撃を与え、7月にはサイパン島、グアム島そしてテニアン島に上陸して占領した。7月からは、日本本土爆撃基地は中国本土からマリアナ諸島に移された。11月には、マリアナ基地から飛びたったB29爆撃機70機が東京を本格空襲した。
日本軍の中国大陸での戦面拡大によって厖大な難民が生まれた。難民が一番多かった河南省では、1942年から43年にかけて200万人もの人々が餓死等で死亡し、300万人が難民として他省に流出した。これには、1938年の国民党軍による黄河の決潰も大きく影響している。しかし、それも日本軍の侵攻への対抗策としてなされたもの。
中国大陸への日本軍の侵攻作戦について、日本の指導部と現地作戦群の思惑が見事にずれていて、現地軍の独断専行がひどかったことは他の本でも再三指摘されています。
日本軍は、現地の中国人をなんとか手なづけようと、満鉄社員のなかから52人を指名し、その経験を生かした宣撫(せんぶ)班を7つも組織した。まあ、しかし、日本軍が近づくと中国の民衆のほとんどはまたたくまに逃げ出してしまったのでした。
日本軍は、1938年6月から国民政府の首都になっていた武漢を目ざした武漢作戦を開始した。30万人以上の兵力が動員され、戦死者6558人、戦傷者1万7040人、病者10万5945人という大消耗戦となった。このとき、日本軍は占領地の多くで治安体制を整えることができなかった。このころ、陸海軍は、軍事費のさらなる拡大を追求していて、30億円以上もかけて武漢作戦に着手したかった。いわば、自分たちの権益を守るために大勢の若い日本人を死地に追いやったわけです。もちろん、その「敵」は中国人民でした...。
1938年5月、日本軍は広東市内を突然に空襲した。これは、日中戦争の帰趨を左右するほど大きな国際的影響があった。要するに、フツーの市民を爆撃した日本はけしからんという全世界の世論の声を招いてしまった。このとき、「軍事施設に限って」日本軍が空襲した事実はなく、むしろ日本軍は、意識的に民家を狙って空爆していた。これと同じことをアメリカ軍も日本を空襲したときにやったわけです。カーチス・ルメイ将軍は、日本を石器時代に戻すと豪語したのです。そのカーチス・ルメイに対して、日本政府は戦後、大勲章を授与したのです。いったい日本国民の生命、財産を政府はなんと考えているのでしょうか...(プンプン)。
日本史も切り口によって新しい視点を身につけることができることを実感させられた素晴らしい本です。ぜひ、あなたもご一読ください。
(2020年10月刊。1800円+税)

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