弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2020年11月27日

歴史戦と思想戦

社会


(霧山昴)
著者 山崎 雅弘 、 出版 集英社新書

いま、広く読まれるべき本だと思いました。残念ながら...。
読みはじめる前は、なんだか大ゲサなタイトルだな、と思っていました。ところが、サンケイ新聞は2014年から「歴史戦」と名付けた「戦い」をすすめてきたというのです。驚きました。
戦後70年たって、日本は本来の歴史を取り戻す「歴史戦」にうって出るべきだとサンケイ新聞編集委員が叫んでいるというのです。いったい日本の「本来の歴史」とは何を指しているのか...。
著者は、それは戦前の大日本帝国を指していて、そこに戻ろうということだと明快に指摘しています。つまり、とんでもない呼びかけなのです。
そして、「歴史戦」を呼びかけるとき、それは歴史研究の分野に日本対韓国の「戦い」という国家間の対立、すなわち政治を持ち込んでいるのです。
桜井よし子は、「主敵は中国、戦場はアメリカ」と本に書いている。つまり、日本の「敵」は中国と韓国だというのです。なんという偏狭さでしょうか、時代錯誤もいいところで、とても正気とは思えません。
ところで、この本には、サンケイ新聞社長だった鹿内(しかない)信隆が、戦前に日本陸軍の将校として、経理学校で慰安所の運営規則が教えられていたこと、つまり軍が慰安所の運営に関わっていたことをサンケイ出版の本で明らかにしていることを紹介しています。まさしく慰安婦は陸軍のよる性奴隷だったのです。
南京虐殺について、「歴史戦」を主張する人は、「人数の問題」にすり替える論法をつかって、虐殺自体がなかったとする。これは、「誤った二分法」と呼ばれる詭弁(きべん)論法のパターン。受け手を錯覚させる心理誘導のテクニックだ。要するに、ごく一部の人の「見てない」という体験をもとに、全体の大虐殺はなかったとしてしまうのです。その論法が不合理なことは明らかです。30万人でなく、たとえ3万人であっても、大虐殺であったことには変わりありません。
シンガポールでも日本軍は現地の市民を5万人も虐殺したとされています。ここでは「歴史戦」を主張する人たちは、虐殺が「なかった」とまでは言わず、言葉を濁してはぐらかすか、はじめから無視するだけ。あまりに無責任です。
「歴史戦」を主張する人にとって、勝ち負けを競う論争ゲームであって、将来の人々に対して何の知的成果ももたらさない。これでは困ります。きちんと祖父や父が何をしたのか子や孫に伝えるべきです。
自虐史観というときの「自」とは、大日本帝国の臣民としか考えられない。なーるほど、そういうことだったんですね。時代錯誤もはなはだしく、とてもついていけません。
著者は、この本の最後に「歴史戦」の人々に対して、戦前・戦中の「大日本帝国」の名誉を回復することではなく、戦後の「日本国」の名誉や国際的信用を高めるような方向への路線を転換し、基本的な戦略を練り直したらどうか、と熱く呼びかけています。まったくそのとおりです。というわけで、ご一読をおすすめします。
(2019年11月刊。920円+税)

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