弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2020年11月25日

安保法制違憲訴訟

司法


(霧山昴)
著者 寺井 和弘、伊藤 真 、 出版 日本評論社

安倍前首相は健康問題を理由として、ある日突然、辞職を表明しましたが、なんとなんと、入院することもなくピンピンしていて、今では再々登板を狙っていると伝えられています。病気は政権を無責任に投げ出す口実でしかなかったわけです。それほど元気なら、モリ・カケそしてアベノマスクの500億円ムダづかいをきちんと説明してもらわなければなりません。決してあいまいにしていいものではないと思います。前政権の官房長官をつとめていた菅首相は安倍政権を継承するというのですから、ましてやモリ・カケ問題の解明を責任もってやってほしいものです。
この本は、安倍政権の最大の間違いである安保法制が日本国憲法に反していることを裁判で明らかにしようとしている弁護士たちの労作です。
福岡をふくめて全国22の裁判所で25件の裁判(原告は総数8000人)が進行中ですが、すでに札幌地裁や東京地裁など7つの一審判決が出ています。ところが、すべて原告の請求を棄却してしまいました。
この7つの判決は、原告らの被害にまともに向きあうことなく、軍事や平和についての専門的知見に対して謙虚に耳を傾けようともせず、そして、裁判所に課せられている憲法価値を擁護する者としての自覚がまったく欠けていると言わざるをえません。残念です。
安倍政権の下では、公文書を改ざんしてまで上司を通じて安倍首相夫妻を守ろうとした官僚の忖度(そんたく)が横行しましたが、それが裁判官まで感染したようです。裁判官としての誇り、プロ意識、職業倫理を疑わざるをえない判決のオンパレードでした。
福岡地裁にも、原告3人の話を聞いただけで証人申請の全部を却下してしまうなど、信じられない裁判官たちがいます。原告の忌避申立は当然ですが、仲間意識からそれを却下してしまう裁判官ばかりなのに、思わず涙が出そうになります。
裁判官は、人権と憲法を保障するという崇高な目的のために権力を行使できるという希有な職業です。なので、強い独立性と身分保障がされていますし、高額の給与が支給されているのです。そのことを自覚していない裁判官に出会うと、正直いってガッカリとしか言いようがありません。
安保法制法が実行されたときに国民が受ける侵害は、「漠然とした不安にすぎない」。
本気なのかと目を疑う判決文です。
「わが国が戦争とテロ行為に直面する危険性が現実化しているとまでは認められない」とも判断していますが、現実に起きていないから、これからも起きないといっているのと同じです。私も、もちろん、そうあってほしいと念じてはいますが、現実はその「思い」を踏みにじる危険が客観的に、かつ具体的に迫っていると考えるべきだと思うのです。
「福島第一原発」だって、メルトダウンが大事故にならなかったのは、本当に偶然の幸運だったわけです。なのに、偶然おきなかったのをおきるはずがないと決めつけているのと同じこと。それではいけません。
「いま」の裁判所は「昔」と明らかに変わってしまった。これは本書での指摘ですが、「いま」は現在だとしても、ここでいう「昔」とは、いったい、いつのことなのでしょうか...。
裁判所の判決が政治部門への配慮がすぎるうえ、司法権の独立を疑わせるような判決や決定がためらいもなく出されている。それは、あたかも「憲法の番人」としての司法の役割を放棄し、「政権の番人」になり下がってしまったかのよう...。
でもでも、今でも少ないながらも、憲法価値をなんとかまもろうと努力している裁判官がいるのも事実です。そんな裁判官を励まし、きちんと憲法にかなった判決を書いてもらう、そんな努力を怠るわけにはいきません。
この本には、かの我妻栄の講演(1971年10月)が紹介されています。裁判所は政治に安易に迎合してはいけないと強調したのでした。まさしく、そのとおりです。
(2020年11月刊。1200円+税)

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